暴力
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
ボールが弾み、シューズが擦れる。
ダンダン! キュッキュッ!
体育館から聞こえる青春のドラムビート。掛け声と声援。
世界のアスリートがはまった、日本のスポーツ漫画の世界がそこにある。
悪くない。
これも機会だ。何かスポーツを始めてみようかと考える。
もっとも、やるならバスケ部以外でだけど。
生駒さんから話を聞き、簡単に打ち合わせをした後、僕は呼び出された第二体育館裏に向かった。
他の部活動の活動場所からも死角になったそこは、喧嘩したり誰かを吊るし上げたりするには絶好の場所だ。典型的すぎて、もはや感動したくらいである。
「麻生です。バスケ部の人ですか?」
体操服姿の男子生徒が三人。スマホ片手にたむろしている。こっちから話しかけると、彼等は突き刺すような視線を向けて来る。俗にいうメンチを切るって奴だ。
「おせーって!」
「もっとはよこいや」
うちふたりから怒声が飛ぶ。
杜高の体操服は胸に名前が刺繍されている。小島、上野、杉山。小島と杉山はバスケ部員らしく背丈があるが、上野は僕より低いくらいだ。
「お前を待ってる間、俺達練習出来なかったんだぞ? まず謝れや一年坊主」
「夏の大会近いってのに、負けたら責任とれんのかお前」
威勢よく絡んできたのは小島と上野だ。それを黙って眺めている杉山。
なるほど。こいつがリーダーか。
「知りませんよそんなの。藤沢君に泣きつかれたから、こっちは仕方なく自動車学校休んだんですよ? その分の授業料払ってくれるんですか?」
反論されると思ってなかったのか彼等の怒気が強まる。
「あ? なんで俺らがそんなもん払わなきゃなんねーんだよ!」
「おい。こいつ生意気だぞ。やっちまおうぜ」
お、いいね。上級生三人からリンチ受けたという状況なら、骨の二、三本折ってやっても正当防衛で通せそうだ。
「待て、小島、上野」
今にも拳が飛ぶんじゃないかってところで、低い声が割って入って小島と上野を止める。杉山だ。
「けどよ!」
「落ち着け小島。麻生だっけ? 急に呼び出して悪かったな。俺は男子バスケ部部長の杉山だ」
小島の肩を叩く杉山は、ここだけ見るとまともそうだが騙されてはいけない。現在進行形で練習をサボっているクズ部長である。
「一年の麻生です。それで、用事は何ですか?」
「ああ、それなんだけど。お前、真崎撫子と親しいんだよな? 俺達、明日合コンすんだけど、真崎を呼んで欲しいんだよ。頼むわ」
「自分で誘ってくださいよ。僕は知りません。失礼します」
藤沢君の口を割らせて、バスケ部の三年生が撫子を誘いたがっているのは知っていた。
僕は予め用意していた言葉を彼等に伝え、その場を立ち去ろうとする。
「待てや。それで済むわけねーだろうが」
小島が肩を組んでしなだれてくる。
口元からたばこの匂いがする。
ここでおもいっきり「たばこ臭えーっ!」って叫べば終わりそうだ。
「やめろ小島」
僕が、あからさまに息が臭いという顔をすると、杉山が小島を引き剥がす。ここで騒ぎを起こしたくないのは彼等も同じらしい。
「麻生だっけ? 頼むよ。ここは俺の顔を立ててくれないか? 真崎が来れば皆喜ぶと思うんだ」
杉山が張り付けたような爽やかスマイルを見せる。その間も、小島と上野はこっちを睨んだままだ。
「一度本人に聞いてみますね」
スマホで撫子に電話をかける。
『なあに? 彩昂君』
撫子はすぐに出た。僕は話が彼等にも伝わるようにスピーカーにして話す。
「あ、撫子? 今いい?」
『うん。大丈夫? どうしたの?』
「いや、バスケ部の先輩から、明日合コン開くから撫子誘ってくれって言われてるんだけど。どうする?」
『えーーーっ! 明日なんて、急に言われても困るよ! 断れない?』
「興味ない? 顔はまずまずだし、背も高いけど?」
『顔以前の問題だよ! バスケ部の知り合いなんて同じクラスの藤沢君くらいだし』
「うん。わかった。こっちで断っとくよ。邪魔してごめん。じゃあ」
『じゃあね』
僕は電話を切ると先輩方に向き直る。
「だそうです。諦めてください」
案の定、顔を真っ赤にした小島が胸ぐらを掴んでくる。
「何がまずまずだ! お前ぇ、ふざけてんのか?」
「ふざけてるのは先輩達ですよ。女の子を誘いたいならもっと早くからアプローチしとかないと。相手にも予定ってのがあるんですから、前日に誘ったって断られて当たり前ですよ」
「もう一回電話しろ。断られましたで済まねーんだよ一年坊主。絶対に誘え! できなきゃぶっ殺すぞ」
「怒ったって怒鳴ったって、駄目なもんは駄目です。子供じゃないんだから、駄々捏ねないでください」
「舐めてんのかてめぇ!」
「たかが上級生ってだけで、学校一の美少女を誘えると本気で思ってたんですか? 舐めてるのは先輩達です」
他の男子が彼女に吊り合おうと、どれだけ苦労してると思っている?
少なくとも、練習サボってこんな場所でくだ巻いてる連中など論外だ。撫子は見向きもしないだろう。
「おい一年坊。目上の人間への口の利き方ってのを知らねーのか? あ?」
「だから、ですますで話してあげてるでしょう? だいたい、高校生がヤニ臭い息吹きかけながら、社会の道理語るとかギャグですか? つまんないですよ?」
「お前ぇ……」
火に油どころか航空燃料ぶち込むつもりで彼等を煽る。それは、出来るだけ大きな爆発。最大火力で吹っ飛ばすためだ。
だって僕は、最初から喧嘩するつもりでここに来たのだから。
彼等が撫子を誘うのは構わない。自分で撫子を誘い、彼女が応じたなら僕がとやかくいうのは筋違いだ。撫子が出会いの場を求めるのを僕が邪魔する権利は無い。
僕が出来るのは、彼女の選択の結果のフォローだけだ。
良い結果ならともに喜び、傷ついたなら慰める。一線を越えるくらい傷つけられたならば、あらゆる手段を使って報復しただろう。
彼女を止めなかったことを深く後悔しながら、その原因を地獄の底に落としていたはずだ。
しかし、彼等は先に僕を巻き込んでしまった。
ありがとう。僕を巻き込んでくれて。しかも、生駒さんがいてくれた、あのタイミングも完璧だった。
おかげで、手加減無用で撫子を護る事ができる。
ついに小島の拳が頬を打つ。
ああ──
ぬるい──
冷めた目で彼等を見る。
「あ? おい。なんだその目はよ!」
もう一発受ける。
無様に倒れる僕の腹を上野が蹴る。
馬鹿にするように見下してくる小島と上野。それを黙って見ている杉山。
「へへ……どうだわかったか? 生意気な口ききやがって! 今すぐ真崎撫子をここに呼べ! お前を目の前で半殺しにすりゃ、真崎も大人しく従うだろ」
冗談じゃない。
お前らなんかに撫子を好きにさせるものか。
僕は何事も無いように立ち上がると、制服についた土を払う。
殴られて、蹴られて痛くないわけじゃない。でも痛いだけなら我慢すればいい。
先手を譲ってやったのに、相手を行動不能にできない程度。悪ぶってるが彼等は喧嘩素人だ。
「まったく。制服汚して帰ったらみらいに怒られるだろ。ぬるいんだよ。雑魚が」
「あ?」
三対一。
たかが一年坊主。彼等は絶対的優位を疑っていないのだろう。
主導権は自分達にあると信じているのだろう。
でも、違うんだ。
お前達が手を出したのは、本物の理不尽と暴力相手に戦ってきた男なんだよ。
射貫くように目を見る。相手は杉山だ。
「甘ったれの坊やに喧嘩ってのを教えてやる」
自分に向けられたと気づいたのだろう。杉山の顔から余裕が剥がれた。図体だけでかい、癇癪起こしたガキの一丁上がりである。
「おい。今なんつった? イキってんじゃねーぞ?」
小島を押しのけて杉山が僕の腹を殴る。
「っ!?」
腹を抱える僕だが演技である。威力が決定的に足りてない。
「さっきのをもう一回言ってみろ!」
「甘ったれの坊や。碌に喧嘩できない三姫東に言いなりのヘタレ」
「お前!?」
杉山の顔がこわばったのを見て僕はほくそ笑む。
三姫東とはやんちゃなのが多い工業高校だ。
生駒さんから聞いた話から、カマをかけたらあっさりかかった。どこまで本当かわからなかったけど、三姫東との繋がりが確実になっただけで十分だ。
「あの噂マジだったんですか? あんたら最低だ。停学じゃすまない」
「てめぇ……黙れ!」
僕は痛がるふりを止める。胸ぐらをつかもうと伸ばされた杉山の手を掴みとり、指を逆方向に捻り上げた。
お前達は僕の大切な友人に手を出そうとした。
暴力で押し通そうとした。
許さん。お前達はここで終わってもらう。
「痛ぇ!? 離せ! てめっ!?」
「杉山!?」
「動くな。へし折るぞ」
小島と上野が引き離そうとするのを、静かに威圧して制しする。
だけど、こちらの本気なんて理解できない連中は指示に従うはずがない。たじろいたのは一瞬だった。
「このクソ一年坊っ! 調子に乗んじゃねぇ!」
上野が動く。
だから──
「動くなと言った」
パキリ。
不快な感触と不快な音。
「ぎゃああああああ!」
不快な声が体育館裏に響いた。
急遽継ぎ足したエピソードです。彩昴が暴力性を発揮するのはもっと後のはずでしたが、あまりに読まれない状況。人気作は甘い主人公が多く鬱憤がたまってたことから新年早々やらかしました。
ラブコメの世界観で骨を折るのはやりすぎかもしれませんが、マフィア相手にやり合って、人殺しも経験済みのハードボイルドな主人公ですのでどうかご容赦を。




