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撫子

 懐かしの祖母の家。リフォーム後、夏休みの数日しか使わなかった僕の部屋はそのままで、ベッドも机も揃っている。布団だけ干せばすぐにでも使えそうだ。


 2階にはもう一部屋あって、そこはこれからクーの部屋になる。


 とはいえ、今は何もない空き部屋だ。家具はクーが来たら一緒に買いに行くつもりだ。


 カーテンを開けて窓を開けると、初夏の空気が入り込んで来る。


「さあ、やるか!」


 みらいと真崎さんが荷物を取りに行ってる間、僕は家の大掃除だ。


 まずは物干し台を出して、圧縮袋に入れてあった布団を干す。これをしないと今夜の寝床が無い。


 幸い今日は良い天気で少し暑いくらいだ。布団はすぐにふかふかになるだろう。


 押し入れにしまわれていたロボット掃除機は、充電が切れていたから今日のところは出番無し。自分で掃除機をかけていく。


 特にみらいと真崎さんが使う予定の座敷は念入りに。


『掃除は上から! 常識だぞ!』


 頭の中のみらいに叱られながら、掃除していく。


 リフォームしてからそんなに年数も経ってないし、祖母も施設に入って物が少ない状態だったから、手間はそれほどかからない。


 風呂場やトイレも綺麗な状態でほとんどすることが無い。ただ、トイレットペーパーはあったがタオル類が全くなかった。そのことをみらいにメッセージアプリで伝えると、持ってきてくれるとすぐに返信があった。


 こんなもんかな?


 1時間ほどでひと通りの掃除を終える。


 一仕事終えた満足感と、初夏の陽気。


 睡魔に襲われた僕は、ぽかぽかとした縁側で横になると、僕はすぐに眠ってしまった。






 そっと優しく髪を掬う手。


 温かくて、気持ち良い……


 これは、膝枕か……


 むちっと柔らかい人肌の感触。僕はその極上の感触を堪能する。


「……クー少し太った?」

「……」


 頭を撫でる手が止まった。


 シシメルで培われた危機管理意識が、緊急を告げる。


 ──これは、殺気!?


 とろけていた意識が覚醒する。視界が開くと、僕の目の前にはふたつのお山。その頂の向こうから、黒い笑顔を浮かべたえらく綺麗な顔が覗く。


 真崎さん!? なんで!?


「……ごめんね。太ってて」

「ご、ごめんなさいっ!」


 転がるように庭に出た僕はその場で土下座する。


 それはまるで、下手人が捌きを受けるかのように。


 お奉行様! どうかご慈悲を!


「打ち首でいいだろこんな馬鹿」

「……そうだね」

「なこ。本当にこいつを甘やかす気でいるのか?」

「うーん、今審議中かな?」


 僕がうたた寝をしている間に帰って来ていたらしい。ふたり共、既に余所行きの服装ではなく、ラフな部屋着に着替えている。


 みらいは猫柄のトレーナーにジャージ。


 真崎さんはゆったりした大きめのグレーのパーカーとショートパンツ。白いおみ足は形よく伸びて。決して、太っていたりはしない。クーの方が痩せ気味なのだ。


「えっと……何の話?」

「罪人は静かに! お白洲である!」

「ははっ!」


 大岡越前気取りのみらいに、再びおでこを地面につける勢いで頭を下げる。


 こっちとしては、なんで真崎さんに膝枕されてたのか聞きたいんだけど……


 とはいえ、寝ぼけてたとはいえ、決定的に僕の発言が悪かった。


「裁きを申し渡す」


 お奉行様。真崎三姫守撫子様より下された裁き。それは──


「打ちおでこと、私の事は撫子って呼ぶように」

「はい?」


 打ちおでこって何? って思っていたら真崎さんが手招きする。


「くるしゅうない。近う寄れ」


 時代劇口調のみらい。こいつ、すっかり面白がってるな。


 僕が近づくと、真崎さんが顔を合わせてきた。


 近っ!?


 その瞬間、彼女から強烈なデコピンをお見舞いされた。


「あいたっ!?」

「あはは! それで許されるんだからあやたは運がいいぞ?」


 いや、めっちゃ痛かったんだけど!?


「真崎さんごめん。僕、寝ぼけてて……」

「撫子」

「はい?」

「撫子って呼ぶようにって言ったよね?」


 えっと……


 みらいに目を向けると、「呼べ」と、口パクで指示された。


「撫子さん」

「撫子。昔はあんまり好きじゃなかったけど、今はそうでもないんだよね」

「撫子」

「はい、彩昂君」


 彼女の笑みは、撫子の花のように可憐で美しかった。

読んで頂きましてありがとうございます。

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