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約束

 連休中、うちに泊まる? みらいと真崎さんが?


「その話、僕は聞いてないんだけど?」

「おばあちゃんせんせーに駄目って言われたらそれまでだからね。あやたががっかりするかもしれないから言わなかったんだ」


 がっかりどころかほっとするわ!


 連休中はクーがうちに来る予定で、兄妹でのんびりまったり過ごそうと考えていた。


 そう! これまで出来なかった、あんなことや、そんなことをしようと、計画を立てていたのである。


 もちろん、みらいと真崎さんのことは、ちゃんとクーに紹介するつもりだ。友人として。だけど、クーは結構やきもち焼きで、これまでも、女の子に接待された後なんかはしばらく口を聞いてくれなかった。だから、今のところクーには、ふたりと同居してること隠している。美人の幼馴染みと同級生と一緒に暮らしてるなんて聞いたら、絶対へそを曲げられてしまう。

 

「繁忙期だろ。手伝いで忙しくなるのに何でわざわざうちに?」

「ああ、逆逆。忙しすぎて新人のフォローをしてる暇がないんだよ。だからなこもあたしもバイトはお休み」

「それでも、手伝えることはたくさんあるだろ?」


 大型連休の温泉宿は猫の手も借りたいくらいの忙しさのはず。みらいと真崎さんが猫の手以下のはずがない。むしろ貴重な戦力のはずだ。


「甘いぞあやた」


 みらいは真崎さんの肩に手を置く。


「観光客でごった返してるところに、この子がいたらどうなると思う?」


 てへりという顔をする真崎さん。うん、可愛い。思わずつまみ食いしたくなるくらいに。


「グアナコの群れに飛び込むようなもんだ。絶対絡まれるだろうね」

「ん。お客さんが増えるのはいいけど、マナーの良い客ばかりじゃないからね」

「この前も、10万でどう? とか言ってくる人がいて困ったよ」

「それは酷いな!? 大丈夫だったの?」

「うん。まだ15歳だって言ったら逃げて行ったよ」


 日本の法律では16歳未満と性行為をしたら、同意があろうとアウトである。


 まったく、とんでもない奴もいたもんだ。あと、真崎さん相手に10万なんて安すぎる。


「連休中の温泉街は、3歩歩けばナンパに当たるようなサファリパークだ。あたし達は未成年だから、何かあれば親が出てこなきゃならなくなる。でも、忙しすぎて、うちの両親もトラブルを抱える余裕が無い。だから客足が落ち着くまで、なことあたしを温泉街から避難させて欲しいんだ」


 なるほど。そういえば洋介さんも、トラブルが増えててんてこ舞いだって言ってたな。


 うちとみらいの家は近いけど、住宅地の外れの方にあるから、観光客の目に触れることは無く確かに安全である。


「実はね。あたし、去年の夏休みに酔ったお客さんに部屋に連れ込まれそうになってさ」


 なんだと?


「まあ、大丈夫だったのみらいさん!?」


 祖母も初耳だったようで、心配して声を上げた。


「大丈夫大丈夫。すぐに他の仲居さんに助けてもらったから」


 何ともないように言ってるみらいだが、きっとその時は怖かっただろう。


「一応お客さんだし、ぶん殴るわけにもいかないからさ。あんときはマジで腹立ったわ」


 さようですか。


「でも、その頃あたしまだ中学生じゃない? 中学生にわいせつな事をしようとしたって事で、その人は逮捕されてさ。釈放はされたけど、離婚されて仕事も失ったみたい」

「中学生だろうが成人だろうが、無理やりは駄目だろう。スカッとざまぁで良いじゃないか」

「そうなんだけど、お父さんもお母さんも絶対に示談にはしないって、警察やら裁判所やら行ってさ、くそ忙しいのにだよ?」

「従業員の安全の為にも、必要な事だと思うよ?」

「うん。でもやっぱり負担が大きいからさ。成人して自分で対処できるようになるまでは、繫忙期は出来るだけ温泉街から離れていようって話になったんだ」

「なるほど。話はわかった」


 わかったけど──


 僕にクー。みらいに真崎さん。男がひとりに女の子が3人。これは僕が宮津家にお世話になった状況とは全く違う。


 男女7歳にして席を同じゅうにせず。


 10代の男女4人での生活を祖母が認めるとは思わない。


 祖母はパソコンも使うし、若い子の恋愛にも乗ったりするくらい柔軟な人だが流石に──


「いいでしょう」


 ふぁっ!?


「わーい! ありがとうおばあちゃんせんせー! あ、あたしとなこは同じ部屋でいいからね」

「先生ありがとうございます。私は何日か実家に戻る事になると思けど、滞在中はよろしくお願しくね彩昂君」

「よろしくお願いいたしまーす!」


 ぴょこんと揃って頭を下げる。


「えっと、本当にいいの?」


 聞き間違いじゃないかと念のために確認すると、祖母はしっかりと頷いて見せた。


「彩昂さんはここ数日、宮津家の皆さんにお世話になったのでしょう? その恩に報いて、しっかりおふたりの面倒を見るように」

「いや、むしろ面倒を見られる方……」

「彩昂さん」

「はい! 誠心誠意おもてなしさせていただきます!」

「結構」


 祖母は頷くと、厳しい目つきに戻して僕を見据えた。


「連休にはクーニアさんもこちらに来るのですよね?」

「はい」


 僕は緊張して返事をする。そこで、祖母がふたりを泊める事お了承した理由を理解した。


「正直におっしゃい。彩昂さん。あなたはクーニアさんをどう思っていますか?」


 やっぱり、そういう事か。


 祖母は僕がクーニアを愛していることに気が付いたのだ。


 ならば、隠しても仕方が無い。


「お察しの通り、僕とクーは将来を誓い合った仲です」


 祖母の目が細まる。


 みらいと真崎さんは驚きで目が開かれる。


 空気が凍るとは、こういう雰囲気なのだろう。


 祖母はじっと見つめ、みらいと真崎さんも、息をするのも忘れたかのように固まっている。


 やがて祖母が小さく息を吐いた。


「やはり……そうですか」

「ごめん。でも、もう決めた事だから」

「いつからかしら?」

「正式には先月。マフィアから逃げてる途中に……」

「そう……」


 目を伏せて頷く祖母。


「私達、出ていましょうか?」


 家庭の話だ。気を利かせた真崎さんに祖母はかぶりを振る。


「いいえ。みらいさんと撫子さんは聞いていてください。わたくしが、あなた達を家に泊めるのを許可したのは、彩昂さんとクーニアさんをふたりきりにさせたくなかったからです」


 ですよねー。


「まだ直接会ってはいませんが、わたくしはクーニアさんのことはとても好ましく思っています。また、先ほどの話を聞けば、あなた達が惹かれ合うのも無理のないこと。別れろなどとは申しません。しかし、だからと言って、あなた達は高校生と中学生であり、社会的には兄妹なのです。わたくしの目の黒いうちは、麻生の家であなた達がただれた生活を送る事を許すわけにはいきません!」

「ただれた……」

「……生活」


 じとーっとした視線が向けてくるみらいと真崎さん。


「16歳未満とそういうことをするのは犯罪です。わかっていますね?」


 僕は内心で汗をだらだら流していた。連休中、家であんなことや、こんなことをしようとする僕の企みは、祖母には全てお見通しだったらしい。


「あの……誓って、クーとは健全なお付き合いをですね……」

「いくら血が繋がっていないとはいえ、中学生の妹に手を出した時点で健全とは言えません!」


 言い訳する僕に、祖母の正論が炸裂。ぐうの音も出ないでいると、みらいが至近距離で顔を覗き込んできた。


「ねー、あやた? 義妹ちゃんとはどこまでいったの?」


 顔はにっこにこなんだけど、後ろにジャガーの顔が見えるんだよね。なんでかな?


 救いを求めて真崎さんの方を見ると、アンデスオオカミがいた。


「えっと……手を繋いだところまで……」

「嘘だ!」

「嘘つき」

「嘘おっしゃい」


 なんで分かるんだろうね? 女の感ってやつ? マジ怖いわ……


「……キス、しました」


 隠し事はできないと悟った僕は、観念してその時の状況を語る事にした。


 絶対に忘れられない、あの夜の事を──


「村を出て山を下りた僕とクーは、一旦マフィアを振り切って、軍港のある港町ウロンナードを目指して野宿をしていました。その日は肌寒かったけど、月が綺麗な夜でした。焚火に照らされたクーはとても綺麗で、でも、今にも消えてしまいそうなくらい儚く見えて……どうしても失うのが怖くなって……凄く、怖くなって……絶対に手放したくなくて、僕から告白しました。クーはそれを受け入れてくれて。その時に。そこから先はしていません。危うかったけど、マフィアの追手が近づいている状況で、経験の無いクーに負担のかかる事は……」

「結構」


 話をぶった切る祖母。みらいと真崎さんはもっと聞きたそうに「えー」という顔をしていた。


 実際、その先はまったく機会が無くて、日本に着いてからは普通に兄妹として接したから進展もないし、話す事も無いんだけど。


 キスをしたのもその時と、無事に保護された時。それから、先日、寮に入ったクーと別れた時の3回だけだ。


「彩昂さん」


 祖母の目と口調が、急に優しいものになる。


「既に精神的にも経済的にも自立しているあなたを、わたくしは縛りつけておくことは出来ないでしょう。ですが、常に心配している人間がいる事をゆめゆめ忘れないように」

「……はい」

「みらいさんに撫子さん。我が家の事情に巻き込んでしまって申し訳ないと思っています。ですがどうか、彩昂さんが羽目を外さないように、見張っていてはくれないかしら?」

「先生、頭を上げてください!」

「こらあやた! これ以上、おばあちゃんせんせーを心配させたり、悲しませたりしたら許さんからな!」


 祖母はふたりに向かって頭を下げた。


 僕のせいで……


 僕の為に……


「ばあちゃんごめん。僕は、誰もが納得する形でクーと幸せになる。約束する」

「その言葉、確かに受け取りました。今度クーニアさんにも合わせてくださいね」

「もちろん。また来るよ」


 こうして、5年ぶりの祖母との対面は終了した。


 そして、僕の忍耐が試される日々が決定したのである。

読んで頂きましてありがとうございます!

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