クラスメイト
ホームルームが終わって一限目の授業が開始された。
九鬼先生と入れ替わるように教室に入って来たのは、昨日僕を不審者扱いしてくれた米沢先生だ。今日はジャージじゃなくて普通にスーツを着ている。
顔が良くて背も高いテニス部顧問の男性教師。さぞ女子からモテるんだろうな。なんて思っていたが、左手に銀色の指輪が光っていた。
あーあ。女子の皆さんこれは残念。
「お、ついに揃ったな!」
僕の顔を見るなり、白い歯を光らせる爽やか教師の米沢先生に僕は軽く会釈する。
英語の授業ではお決まりの、英語での挨拶後に着席する。
「それじゃあ麻生。早速だが教科書25ページのこの英文読んでみてくれ」
「はい」
僕にとって初めての授業が始まったわけだが、いきなりだけど当てられた。教科書の言われた部分を読み上げる。
意味としてはトマトとニンジンを買う主婦と八百屋の会話だ。僕は絵本を読み聞かせるように揚々と読み上げる。
「オーケー。流石帰国子女だな。この後読む奴の為にも、ちょっとは手加減してやってくれ」
先生からストップが入ると、何故か教室の中から拍手が起こった。
僕は拍手に応えるようにクラスメイト達に一礼して着席する。
Vチューバ-をやってた事もあって、こういった朗読は得意なのだ。
「なんか凄かった」
「うん。普段聞いてるのと違ったよね?」
「俺、全然聞き取れなかったんだけど……」
「すごくセクシーだった気がする」
「わかる。英語の発音ってクールな感じだけど、なんか艶めかしいっていうか……」
クラスメイト達も僕の話す英語に微妙な違和感を持ったようだ。実はこれには理由がある。
「それにしてもラテン訛り強すぎだろ? トマト売るのに無駄に色気出しすぎだ。ニンジンがここでは口にできないヤバいものに聞こえたぞ?」
流石は英語教師。僕の喋る英語の訛りに気付いたようだ。もっとも、あっちではこれが普通で、英語圏の人にも普通に通じているからあまり気にしていない。
しかし、別に色気を出したつもりはない。この教師はニンジンで何を想像したのやら。
「向こうではスペイン語を使ってましたからどうしても」
「そういえば南米にいたんだったよな。俺、大学の第二外国語でスペイン語取ってたけど、成績はからっきしだったから羨ましいよ。皆もこの先大学行ったら第二外国語を学ぶと思うが、スペイン語はおすすめだぞ。使える国多いからな。やたらタコス食わされるが」
教室内に笑い声が漏れる。
「じゃ、続きを生駒。読んでみろ」
「ふぇぇぇ!? ちょっと麻生君! どこまで読んでたの!? っていうかあれ英語? 全然聞き取れなかったんだけど!?」
そりゃないぜセニョリータ。訛りのせいで聞き取りにくい事はあるかもしれないが、そんなに難しい内容じゃなかったと思うんだけど?
「もー、この学校の授業、スポーツ推薦にはきついって!?」
なるほど。生駒さん推薦で入学してたのか。
生駒さんの肌は綺麗な小麦粉に焼けている。推薦を貰えるくらいだし、きっと何年もテニスを続けているのだろう。
でもテニスで上を目指すなら英会話はからは逃れられない。なんせテニスの本場は英語圏だ。
大丈夫かな?
あたふたしている生駒さんに、読み終わった部分を教えてあげる。
「ここ」
「あ、うん。ありがと」
因みに、生駒さんの発音は、見事なジャパニーズ駅前英語だった。
授業が終わって休み時間になると、クラスメイト達が机の周りにやって来た。彼等からすれば僕は転校生のようなもので、しかも帰国子女。聞きたいことも多いだろう。こうして囲まれるのは、避けて通れぬテンプレである。
僕は小学校の頃に一度転校を経験していて、その時もこんな感じだったと思い出す。
さあ、どんな質問でもくるがいい。平凡で静かな学生生活が過ごしたいから、適当にさらっと流してあげよう。
「なあ、お前さ」
一早く正面を陣取ったのは、中肉中背の平凡顔と、180センチを超えてそうな長身の男子だ。
平凡顔の方が、席に座る僕を見下ろすように口を開いた。
「お前、宮津さんとどういう関係だ?」
は?
「真崎さんともだ! 今日一緒に登校してただろ? なんであのふたりがお前なんかと!」
あちゃ~。
僕は額をぺしっと叩きたいのを抑えた。
この状況。学校のアイドルと親しくしている冴えない男子が絡まれる、ラブコメのテンプレじゃないか!
油断していた。ラブコメ作品は散々ジミーに見せられたってのに。
周囲を見回すが、誰も助ける気は無いらしい。むしろ僕がどう答えるのか興味津々といった様子でこちらに聞き耳を立てている。
現状にやや腹を立てつつ、冷静に口を開く。
「¿Quién eres? No entiendo lo que estás diciendo.(あんた誰? 何言ってんの?)」
「いや、お前日本語出来るだろ!? 誤魔化すんじゃねぇ!」
「¿Por qué estás enojado? (お前は何故に怒ってるん?)」
「てめえ!」
思い切りスペイン語で挑発してやった。
だってさ。答えてやる義理無いし。上からの態度も腹が立つ。
僕は彼らの目を見てしっかりと言った。
「すまない。で、君達だれ?」
「あ、俺は佐藤正人。おとめ座のA型だ。覚えとけ」
ほうほう。佐藤君はおとめ座のA型ね。知らねーよ!
「俺は藤沢幸也。身長181センチでバスケ部だ」
平凡顔でおとめ座のA型の佐藤君の横に立つのはバスケ部の藤沢君。身長自慢は余計だが、雰囲気的には佐藤君よりちょっとはまともそうだ。
「さっきも言ったけど、僕は麻生彩昂。4月8日生まれの牡羊座で血液型はAB型RHプラス。身長は5フィートと8インチ。部活は帰宅部予定。よろしく」
「お、おう……」
「5フィートってどんくらいだよ?」
「ヤーポン滅びろ……」
僕の丁寧な自己紹介に、大人しくなった佐藤君。ちなみに1フィートは約30.5センチで、1インチは2.5センチである。
「はいはーい! 私は鈴原姫代。身長148センチで、てんびん座のDカップだよ。よろしく麻生君」
そう言って横から入って来たのは、吊り目の顔立ちに、ツインテールの髪型にした小柄な女の子。確かホームルームの時に号令かけてた子だ。
ジミーがこの子見たら絶対こう呟いただろう。オゥ……アズニャール! と。
「アズ……えっと。委員長?」
「そうそう! いいとこの大学の推薦貰うのに有利になるかなと思って引き受けたんだよね。で、わたし見たんだけどさ。昨日も放課後に宮津さん達と一緒だったよね? なんで? 三人は知り合いなの?」
佐藤君達を押しのける勢いで聞いてくる小柄でツインテでDカップの鈴原さん。おまけに委員長で腹黒だ。属性渋滞起こしてないかこの子?
「何っ!? どういう事なんだ説明しろ!」
とは、声と態度がやたらでかい普通顔の佐藤君。
「お前、入学から二週間にして、既に学校一の美少女と噂されている真崎さんと、彼女にしたい女子ナンバーワンと言われている宮津さんに挟まれてるとかすげぇな。恐れ入ったわ」
とは、右隣の柿崎恭介。こっちは完全に面白がっているようだ。
真崎さんが美少女なのは認めるが、みらいが彼女にしたい女子ナンバーワンってマジか? 僕は今朝、あいつに布団で窒息死させられるところだったんだけど?
そんなのを彼女にしたいとか、この学校の男子はドMなのか?
みらいの良いところっていえば、面倒見が良くて、家庭的で料理上手。ノリも良くて一緒にいて楽しい。今の成績は知らないけど、昔は勉強も運動も良くできた。今でも平均以下って事はないだろう。顔も可愛いし、スタイル抜群の安産型。実家は旅館やホテルを複数経営していて、結婚すれば逆玉の輿だ。
……あれ? みらいの奴、ほとんど隙無くない?
真崎さんにもほぼ当てはまるんだけど、彼女は学校では猫を被って大和撫子で通してるみたいだ。彼女の場合、大和撫子を体現したような見た目と、名家の生まれからくる高値の花というイメージが強すぎて普通の男子では引いてしまうのだろう。
彼女の隣に立とうとするには、相当な自信と度胸が無いと無理だろう。
「僕とみらいは幼馴染だよ。うちの祖母がお茶と習字の教室を開いていた関係で真崎さんとも面識がある。あと、僕の親は海外にいるから、昔から付き合いのあるみらいのお父さんに日本にいる間の保護者代理を頼んでるんだ。昨日はみらいの家に泊まったから、登校も一緒になった。それだけだよ」
家の事情くらいなら隠すほどの事でもない。だから正直に言ったのだが、反応は予想以上の物だった。
「「「「「はぁぁぁぁぁ!?!?!?」」」」」
核反応でも起こしたかのような声が教室に響いた。
「それだけじゃねーよ!」
「宮津さんの事みらいだって! 呼び捨ての関係!?」
「泊まったってどういう事だ!?」
「僕の暮らす家がまだ準備できてなくてさ。みらいの家には昔からよくお世話になってたし、今は真崎さんも下宿してるから、ふたりきりになったわけでもないし」
「「「「「なぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃ!?!?!?」」」」」
核融合でも起こしたかのような声が響いた。
「宮津さんだけでなく真崎さんまで!?」
「一緒に飯食って風呂に入ったとか?」
「飯は食ったけど、一緒に風呂に入るわけないだろう。そんなの子供の時くらいだぞ?」
「子供の時は入ったのか!?」
しまった。余計な事口走ったかと、発言を後悔したがもう遅い。
「女湯に入れるくらい昔のことだよ。みらいの家旅館やってるから、たまにまとめて放り込まれてたんだ。みらいとは相撲したり縁石ひっくり返して虫を捕まえたりで、いつも泥だらけになって遊んでたからさ」
「えっと、宮津さんって確か高級旅館のお嬢様だよね?」
「そうだけど、結構わんぱくだぞ?」
人懐っこそうな鈴原さんの事だから、みらいや真崎さんの地の性格くらい知ってるのかと思っていた。
真崎さんだけでなく、みらいも学校では猫被ってるらしい。
「一緒にお風呂……」
「お相撲……」
「裸の付き合い……」
いや、裸の付き合いは飛躍しすぎだアズニャール。
「流石ラテン系。やることが進みすぎててすげぇわ」
待て柿崎恭介。ラテン系は女好きの印象があるけど、基本的には紳士だぞ。
あと、当時の僕は日本で暮らす普通の子供だ。今にしても、女性の扱いに対しては本場のラテン男子の足元にも及ばない。
「何を想像してるのか知らないけど、僕とみらいは本当にただの幼馴染だ。ただ、みらいがそこらの男子よりやんちゃだっただけで……いたっ!?」
頭頂部に衝撃。誰の仕業かは言うまでもない。
「こらあやた。あんまりペラペラ人の事喋るな」
見かねたのか当人であるみらいが口と拳を出して来た。頭に拳骨をひとつ。真崎さんも一緒だ。すました顔をしてるけど、内心では面白がって笑ってるに違いない。
「あやた」
「あやた」
「あやた」
「あやた」
何だよお前ら。あやた言うな。
クラスメイト達はみらいが口にした『あやた』という呼び方が気になったらしい。
「なんだ柿崎」
とりあえず右隣の柿崎恭介だけは牽制しておく。
「すまん。頼むから苗字では呼ばないでくれ」
だろうな。散々これまでネタにされてきたのは想像がつく。ステーキのやつだ。
「あやた。あたしの事はとにかく、なこの下宿の事はあまり広めるな。ストーカーが湧いたらどうする」
「ああ。真崎さんの下宿の事、他に言ってなかったのか。ごめん」
言われてみれば個人情報だ。僕はうかつに発言してしまった事を反省する。
だけどすぐに真崎さんが首を振った。
「ああ、いいよ。クラスメイトにまで隠すつもりは無いし、聞かれたら答えるつもりだったよ」
「それって、これまで誰にも聞かれなかったって事?」
「うん。まあ、そうだね」
僕は詰め寄ってきた佐藤君と藤沢君を見る。入学から二週間もあったのだ。その間に、真崎さんがみらいの家で下宿しながらバイトしてることくらい広まっていてもおかしくない。
威勢よく突っかかって来たくせに、どうも彼らは、みらいにも真崎さんにも何のアプローチもできていないらしい。彼らはこれまでふたりを遠巻きに眺めていただけだったのだ。
「自分から何も動かずに、僕に文句を言うのは筋違いだと思うけど?」
「それは……」
「だって、なあ……」
最初の勢いをなくした佐藤君と藤沢君。
「あん?」
「ふふっ」
みらいと真崎さんに目を向けたが、みらいに睨まれ、笑顔を向けられて顔を真っ赤にするだけだった。
まったく、君達初心すぎだろ。ちょっとはラテン男子を見習いたまえ。
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