自己紹介
杜高では一限目の前にホームルームがある。時間にして10分ほどだが、何も無ければすぐ終わるらしい。
クラス担任の九鬼先生が教卓に立つと、クラス委員の号令で挨拶からの着席。
「おはよう! いない子いる~?」
生徒を見回す九鬼先生。
「ようやくクラス全員揃ったね。じゃあ、麻生君。簡単に自己紹介してください」
まあ、そうなるだろうね。知ってた。
予め予想していた僕は、立ち上がると自己紹介を始める。
「麻生彩昂です。先日シシメル共和国より帰国しまして、今日から皆さんと一緒にこちらで勉強することになりました。通信だったので中学校には行っていません。趣味は読書。どうかよろしくお願いします」
名前、出身校、趣味。高校に入って最初の自己紹介といえばこんなところだろう。事前に考えていた当たり障りの無い内容で締めくくると一礼。パチパチと拍手が聞こえて来る。
「なんか普通」
とは、後ろの席の生駒さん。暑いのか靴と靴下を脱いで素足をぷらぷらさせている。
あと、生駒さんの後ろの席は、ギャルの伊妻さん。その後ろにはチンチラ……もとい、汐さんが座っている。まともに拍手してくれてるのは汐さんだけだ。
「趣味読書とかほんとかよ」
とは、右隣の柿崎恭介。
柿崎恭介の後ろの席には、大人しそうな眼鏡の少年が座っているが、あまり僕に興味はなさそうだ。
「本当だって。神滅や鬼撃は向こうでも読んでたし」
「漫画かよ!」
「あと転生ものとか、悪役令嬢とか」
「なろうじゃねーか!」
すかさずツッコミが入って、教室内が笑いに包まれる。
実のところ趣味と言えるほど僕は読書家ではない。
日本にいた頃から読んでた漫画や、ジミーに勧められたアニメの原作をネットで読む程度である。
僕の本当の趣味といえば動画編集だ。実際ユアーチューブでチャンネルを開設していて、そこそこの収益を稼いでいる。それを言わなかったのは、僕にはクラスメイトにあまり興味を持たれたくないという事情があるからだ。
僕がシシメルで勲章を貰った件。それをネットで面白おかしく拡散されたりしたら、マフィア残党を刺激しかねない。
現在、僕の叙勲について日本では報道しないように規制されている。理由は僕やクーだけでなく、海外に在住する日本人全体の安全の為だ。
僕は国内最大の麻薬カルテルの崩壊と、国がマフィアに対し取り締まりを強化する原因を作った。大本であるフェレロファミリーは崩壊したとはいえ、僕はシシメル中のマフィアと麻薬で儲けていた売人や、薬中共から恨まれている。
「俺様達に逆らったらこうなるんだゾ!」と、僕を殺して首印を掲げ、面子を保とうと考える反社連中が存在しているのだ。
今は地球の裏側という距離と、政府による取り締まり。それに、フェレロファミリー崩壊後の覇権争いに忙しくて見逃されている感じだが、調子に乗ってると見れば、間違いなく殺し屋を送ってくるだろう。そうなったら僕はこの町から出て行かなければならない。シシメルに帰るか、証人保護プログラムを受けれる国に行くことになる。
シシメル側のニュースサイトでは、流石に報道されている。けれど、日本人からすれば、どが付くほどのマイナー国だし、ニュースサイトもスペイン語だから、普通に検索しても、僕のことは出てこない。
でも、僕が動画配信をしていると言えば話が変わる。
『シシメル』『日本人』『動画』で検索すれば僕のチャンネルがトップで出てきてしまうのだ。
日本人少年と、褐色の現地少女と、イギリスの名門大学に通う金髪のお姉さんの3Dアバターによるユアーチューブチャンネル。『オララ』が出てきてしまうのだ!
実は僕、向こうではVチューバーをやっていた。因みに『オララ』とは、スペイン語の挨拶である「オラ」と日本語の複数形。○○達~を意味する「ら」を合わせて名付けられた。決してオラオラ系の内容では無いし、悟空も関係ない。
Vチューバ-というのは日本生まれ、日本固有の文化であり、海外ではアバターを使ってキャラになりきるVチューバ-はほとんどいない。自分に自信満々で自己主張の強い海外の人々は、人気者になるチャンスにわざわざ顔を隠したりはしないのだ。編集はしても顔出しが基本なのである。それで物珍しさもあったのだろう。あと、最近の日本のアニメブームもあり、所謂、萌え絵を使ったアバターがなんかウケた。
日本からやってきた少年ソータと、アンデス奥地の村に住んでる褐色少女クニャン。アンデス文明を研究しているイギリス人の大学生。リアノンお姉さんによる、アンデス文明と、そこに暮らす人々の生活を紹介するチャンネルを作ったら、めちゃくちゃウケたのだ。
現在は僕とクーが演じている、ソータとクニャンは日本の学校に進学の為に休止中だけど、村営に切り替えて存続させており、チャンネル登録者は500万人を超えている。村の子供達が新キャラクターで頑張ってるよ。
始めてから3年で500万人。我ながら大した数字だと思う。とはいえ、スペイン語を使う国は世界21ヵ国と、英語に次いで世界第二位。4億8900万人の人に話されている言語であり、日本語圏とは分母が違う。日本の配信者より環境的な有利があるのは事実だ。
あと、アンデス文明の最新の発見や研究結果の解説。有名な教授のインタビューなんかもしれっと流してるから、世界中の研究者や大学生。歴史ファンやミステリーファンからも支持されている。
さて、この登録者数500万人の『オララ』を見れば、ソータの中の人が僕だと気づくだろう。初期の頃は声変わり前で分かりづらいが、ここ一年のはほぼ素のままだ。
『オララ』のソータが見つかれば、ここ最近起きたフェレロファミリー崩壊事件。勲章の授与まではあっという間だ。
既に海外のサイトでは、義妹と共にマフィアを相手に繰り広げた冒険譚の主人公であり、シシメル政府から勲章を授与された日本人少年アヤタカ・アソーが『オララ』のソータだと騒がれている。
アンデスの奥地の村で暮らす日本人少年なんて他にいないし、研究者との間に伝手がある。そこまでやってりゃ、ごまかしようがない。
だから、クラスメイト達には、あまり僕に興味を持ってほしくないのだ。
平穏に日本で過ごす為には、『オララ』が見つかってはいけないのである。
「彼女いんの?」
とは、窓際の一番後ろに座る男子生徒。色白でなよっぽい感じだけど、顔は整っている。そいつは人にものを尋ねながらこっちには目もくれずにスマホをポチポチ。
答えなあかんのか? これ?
「どうなんだよ?」
「どうなの?」
「どうなん?」
無視しようかと思ったが、右と後ろと、その後ろから十字砲火が飛んできた。
彼女というならクーがいる。でも義妹との関係を語るとなると面倒だ。好奇の目に晒されるのは仕方ないにしても、冷やかされたり、横から口を出されたらマジでキレる自信がある。こっちはクーとの将来の為に本気で命をかけてるのだから。
僕は思わず助けを求めるように教室の左奥を見た。
みらいと真崎さんだ。みらいの奴。にまにましやがって……
だが、それが失敗だったと気付いた時には遅かった。
クラスメイト達は、僕の送った視線の先を一早く察知し、一斉にふたりを見た後、再びこちらに視線を向ける。
なんか男子の視線がヤバい。そんなに殺気を向けるなよ。
無駄なトラブルを避けるために僕は……
「イマセン」
と答えた。答えるしかなかった。
「「「「「ほーう?」」」」」
何? 今の唱和。教室中から聞こえてきたぞ。
「ちょっと! 今のなんだお前ら!」
というみらいの声は無視された。
そして、言いだしっぺの男子生徒は相変わらずスマホを見ていた。
ほんと、なんなんだよ!
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