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乾杯

「それではあらためて、乾杯!」

「「「「乾杯!!!!」」」」


 乾杯しなおした僕達。それから各々料理に箸を伸ばす。


「麻生君。ご飯これくらいでいい? 男の子だしもっと多い方がいいかな?」

「あ、うん。丁度いいよ。ありがとう」


 檜のお櫃からご飯をよそって回る真崎さん。実は結構多い気がしたけど、みらいや自分の茶碗にも同じくらいの量をよそっている事から、彼女にとっては普通の量なのだろう。渚さんや洋介さんの茶碗には、その6割くらいしかよそってないのが気になるけど、まあ、育ち盛りだしね。


「いただきます」


 早速、茶碗蒸し! ではなく、お刺身をひと切れ取ると、醤油とわさびに漬けて、ご飯と一緒に頂く。なんせ『來畝』の板長の料理なのだ。滅多に食べられるもんじゃない。


 ああ。醤油とわさびが染み渡る。日本の味だ。


 続いてふた切れ、三切れと箸が進み、どんどんご飯も減っていく。大盛りでよそってくれたけど、このペースだと足りなくなるのは確実だ。


 天ぷらも絶品だった。エビ、イカ、大葉、ししとう、それにマイタケやカニカマとバラエティーに富んでいて、とても美味しい。


「なこ、おかわり!」

「はいはい」


 真っ先に茶碗を空にしたみらいのおかわり要求に応じる真崎さん。自分でやれよと言いたいが、これも仲居の修行の一環らしいので口出しはしない。


 再びこんもりとご飯をよそって返す真崎さん。因みに彼女の茶碗ももうすぐ無くなりそうなくらい減っている。僕はまだ半分くらい残ってるんだけど?


「ありがと!」


 ご飯を受け取ると、食事を再開するみらい。決して食べ方が汚いわけではない。しっかり噛んでるし、こぼしたりもしない。迷い無く箸を動かす食べっぷりは、見ていて気持ちよくなるくらい食べ方が上手い。


 真崎さんもそうだ。みらいに続いておかわりした真崎さんも、綺麗な箸捌きで料理を口に運ぶ。


「あやた、あんまり箸が進んでないけど、料理口に合わなかった?」

「いや、凄く美味しいよ。日本の味を堪能してた」


 みらいは僕の食べるペースが遅いのに気づいたようだ。


 確かに、味わっていたのもある。でも、大きな理由は、僕の箸の使い方が海外生活でかなり錆び付いていたせいだ。


 日本に帰って、何度か日本食のお店に入って食事をしたけど、その時は箸初心者の義妹にずっと合わせていたから、問題に感じなかった。けれど、みらいや真崎さんに比べればその差は歴然だ。今の僕が彼女達のペースで食べようとすれば、食べこぼしで悲惨な事になるだろう。


「箸が使いにくいんじゃないかしら?」


 どうやら、渚さんは僕の箸捌きが鈍っていることに気づいていたようだ。


「ははん。なるほど」


 きらりと目を輝かせるみらい。まったく、このおばさんは本当に余計な事を言う。


「あやた、あーん」


 みらいがカニカマの天ぷらを箸で摘まんで寄せて来る。


「いらないの? だったらあたしが食べちゃおうかな?」


 おのれ! 楽しみに取っておいたカニカマを使うとは卑怯な! 


 恨めし気な視線を渚さんに向けるが、そっぽを向かれてしまう。洋介さんはといえば、にやにやしてるだけで役に立たない。


 真崎さんはというと、鍋に入った肉豆腐に夢中のようだった。


 出されたもてなしは金品以外は断るな。向こうで有力者との会談に際し、父から受けた忠告だ。


 食事はどんなゲテモノでも食べたし、勧められれば酒も飲んだ。夜伽の相手にと、年若い娘をあてがわれた事もある。


 それら比べればこの程度の羞恥プレイなど、ご褒美でしかない!


 僕は箸にふれないように端の方を咥えて天ぷらを奪うと、落とさないように咀嚼しながら飲み込んでいく。


 流石は板長さんの天ぷら。実に美味い。


「あはは、あやたカワセミみたい!」

「やっぱり彩昂君変ったわね。昔なら恥ずかしがって絶対食べなかったのに」

「そうだな。向こうで何があったか、もっとしっかり聞かねばならんな。男同士で」


 何かに気づいたような洋介さんだが、正直向こうでの女性関係の話なら勘弁してほしい。日本の常識で理解されるような内容ではないからだ。


「まったく、揶揄わないでください」


 そう言って僕は、とっておきの茶碗蒸しの蓋を開ける。ほわっと、湯気が広がり出汁と卵の香りが漂う。


 うん。素晴らしい。


「あやた茶碗蒸し好きだったから気合い入れて作ったんだ」

「覚えててくれたんだ。とっても美味しそうだよ。ありがとう」


 みらいが作ったという茶碗蒸しは、本当に美味しそうだ。鶏肉が覗いてるのもポイントが高い。出汁が染みて美味いのだ。それに箸を使わないから、「あーん」される心配もない。


「だからひと口あげる。はい、あーん」


 どうやら甘かったようだ。


 横から差し出される匙。乗せられているのは大好物の茶碗蒸し。だけど、これではさっきの天ぷらみたいに箸に口をつけずに取るような真似は出来ない。


 みらいは僕が硬直しているのを見て悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 ちらりと真崎さんを見ると、我関せずといった様子で、上品な仕草でお吸い物を啜っていていた。


「どうしたあやた? ふーふーしてあげようか?」


 させるか!


 ぱくりと匙を咥える。


 卵がふわりとほぐれて、出汁の旨味が口いっぱいに広がる。5年の間求めていた味だ。


「美味しい?」

「美味しい」

「本当? 良かった!」


 文句なく美味しかった。昔、プリンに味の素を入れて、茶碗蒸しとか言ってたみらいが大した成長である。


 洋介さんと渚さんも口にして、「舌触りが……」とか、「風味が……」とか言っているけど、僕にはさっぱりわからない。一流旅館で客に出すならとにかく、高校生の家庭料理としては破格のレベルだろう。


「少し味付けが濃いみたいだけど、塩の分量を間違えたのかしら?」

「だってあやたはずっと海外にいたし、薄い味付けだと物足りないかと思って」

「僕の為にありがとう。とても美味しいよ」

「それなら、私からは言うことは無いわ」


 茶碗蒸しの味付けが濃かった事に駄目だしをした渚さんだけど、理由を聞いて納得したようだ。その表情はどこか満足そうに見える。


「私もこれくらいの味付けの方が好みだな」

「あら駄目よ? ただでさえ和食は塩分が高めなんだもの。あなたもそろそろ身体には気を使ってもらわないと」

「う、むう」


 確か、渚さんはまだぎりぎり30代。洋介さんは40代の半ばで健康に気を使わないといけない年頃だ。こうしてしっかり尻に敷かれている夫婦を見ているとなんとも微笑ましい。


 茶碗蒸しだけではない。煮物もお浸しも、肉豆腐も、みらいが作った料理はとても美味しかった。「あーん」が無ければ、もっと味わって食べれただろう。


 こうして食事は進み、残るはデザートのアイスのみ。僕はご飯を2杯食べてお腹いっぱいだったけど、ミントとチョコチップを添えてガラスの器に盛られたバニラアイスは、オーバーワークの胃にも苦も無く入っていく。


 ご飯を3杯を平らげたみらいと真崎さんも、にこにこ顔で食べている。


「みらいは毎日こんな手の込んだものを作ってるの?」

「まさか! 普段はもっと簡単に済ませてるよ。前に作ったのはなこの歓迎会の時かな。で、たぶん次はなこの誕生会になると思う」

「私も悪いとは思ってるんだけど、料理や配膳の練習も兼ねてるって言うから」


 なるほど、豪華な御膳料理は、みらいが将来『來畝』の女将になるための修行の一環なのだと納得する。


「いや、その前に彩昂君の義妹さんの歓迎会が先だな。連休にはこっちに来るんだろう? その時期は忙しくて、私も渚さんも参加できるかはわからないがね」

「ありがとうございます。義妹も喜びますよ」

「んあ?」


 スプーンを咥えたみらいの目が僕へと向けられる。


「あやたに妹なんていたっけ?」

「あなた。まだ黙ってた事があったのね?」

「別に黙っていたわけではないのだが……」


 渚さんの冷ややかな視線に、洋介さんはまたしどろもどろだ。


 真崎さんはカピバラのような目をして熱いお茶を啜っていた。


「向こうに行ったらいたんだよ。父さんが亡くなられた研究仲間の娘を引き取ったみたいでさ。僕もそれまで知らなかった」

「へぇ! どんな子なの?」

「私も気になるわね」


 みらいや渚さんだけでなく、真崎さんも興味があるのか視線をこっちに向けて来る。


 僕は鞄からタブレットパソコンを取り出して起動する。ホーム画面に設定されているのは、昨日、義妹とスカイツリーを背景に撮った写真だ。


「うわぁ、綺麗な子」

「可愛い……」

「これは凄いわね」

「アンデスが生んだ神秘か」


 それぞれ驚くような感想が述べられるが無理もない。


 画面の中で無垢な笑顔を向ける義妹の姿は、日本人離れした色合いをしていたのだから。


 淡いプラチナブロンドの髪に飴色の肌。鳶色の瞳。纏ったポンチョが彼女の神秘性を引き立たせ、まるでファンタジー世界から迷い出てきたヒロインかと錯覚させる。


 麻生クーニア。僕の義妹であり、命を懸けてでも護ると誓った女の子だ。

既に女性経験がある彩昂ですが、義妹との間にはありません。

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