朝礼
ヤバい。思いっきり寝坊した。昨夜遅く迄オンラインゲームに興じていたのが悔やまれる。目覚まし時計は自分で止めたらしい。おそらく俺を起こしに来たであろう母親も、仕事に行かなければならないので諦めたようだ。俺はパジャマを脱いで制服に着替え、階下に降りて行った。
キッチンのテーブルには弁当が置いてあり、朝食の支度もできていたが、朝食を摂っている時間はない。俺は弁当をカバンに入れて玄関に向かい、鍵をかけて走り出した。朝礼には間に合わないだろうが急いだ方がいい。
ドシン!
高校まであと少しの所で、左側から来た誰かとぶつかった。
「痛〜い。何よ。もう」
俺が言った。どういう事だ?鏡もないのに俺は俺を見ている。膝が痛い。ハイソックスを履いた膝小僧が擦りむけていた。ちょっと待て!俺は自分の体を確かめた。女子の制服を着て髪をツインテールにしている。これはよく聞く入れ違いなんだろうか?
「大丈夫か?」俺は聞いたが、声は女の声だ。
「大丈夫な訳ないじゃない!どうなってるのよ」俺の声だ。
「心と体が入れ違ったみたいだな」
「そんなSFみたいな事ある訳ないじゃない!」
「SFだか何だか知らんが実際入れ替わってるじゃないか」
「元に戻れるわよね?」
「どうだろうな。何かきっかけがあるんじゃないか?」
「私達ぶつかって入れ違いになったんじゃない?だったらまたぶつかってみたらどうかしら」
「そうだな。やってみるか」
俺達は立ち上がり、お互いに体をぶつけてみた。何も変化はない。
「さっきみたいに激しくぶつからないとダメなんじゃない?」
「そうだな。やってみよう」
俺達は思いきりぶつかるように走った。
ドシン!
効果はなかった。
「こんなのってない!一生入れ違いのままなの?」
彼女は泣き出した。俺だって泣きたいよ。
「もう一度やってみよう」
走り出した時、俺の前の方から車が走って来た。危ない!俺の体がぶつかりそうになり、俺は彼女のまま俺を横に突き飛ばした。
ガシャッ!
イヤな音がして彼女の体が吹っ飛んだ。
意外な程高く飛び、地面に叩きつけられた。
おしまいだ。俺は彼女のまま死ぬ。
しかし痛みはない。そっと目を開けてみた。
車のボディが見えた。俺は自分の体を取り戻したようだ。そっと立ち上がり、彼女の傍まで歩いた。
首が不自然な方向を向いていて、呼吸もしていなかった。俺は彼女を助けるつもりで、結局俺を助けたのだ。
だんだん人が集まって来た。救急車のサイレンも聞こえる。ごめんな。こんな事になって。俺は君を助けられなかった。涙が次々と溢れて止まらなかった。