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33.横顔



『これはお前が見せている夢か?』


 檻の中のジュリエッタに手を伸ばせば届きそうなのに、手どころか声すら届かない。


 締め付けられる胸の痛みを感じながら問いかけたレアンドロに、クラウチは淡々と答えた。


『夢ですが、現実でもあります』


『……どういうことだ?』


『あれは今この瞬間のジュリエッタ様の姿ですよ』


 その言葉を聞いたレアンドロは驚愕に目を見開いてクラウチに掴みかかった。


『なぜジュリエッタが牢にいる!?』


 レアンドロを見上げるクラウチの瞳は冷淡で、その表情は余裕そうに見えた。


『私のことはどこまで調べました?』


 今すぐにでもクラウチを問い詰めてジュリエッタになにがあったのか聞き出したいレアンドロだが、クラウチが見せているらしいこの夢の中では思うように魔力が使えない。


 クラウチから少しでも情報を聞き出すために、レアンドロは叫び出しそうな心を落ち着かせてクラウチの質問に答えることにした。


『メイドのメアリーがジュリエッタの部屋に紛れ込ませた魔力石には夢の魔力が込められていた。あれはお前の魔力だろう? そしてお前の背後には王太子がいる。ジュリエッタに妙な夢を植え付けて公爵家から出ていくよう誘導したのも、王太子と共謀したお前の策略だ』


『ほう。意外と頑張っていますね』


 上から目線のクラウチに苛立ちながら、レアンドロは冷静になろうと息を吐く。


『…………なぜ俺にこの夢を見せている?』


 視界の端のジュリエッタは泣き続けるばかりで、レアンドロにはどうすることもできない。


 その事実がなによりもつらかった。


『ちょうど私の魔力石を手元に置いて寝てくださったようだったので。あの魔力石を通じて私は離れた相手の夢にもこうして入り込み、操ることができるのです。そうやってジュリエッタ様の夢にも入り込みました』


 答えになっているのかいないのか、淡々と話すクラウチの表情は相変わらず読めない。


『お前と王太子の目的はなんだ? どうしてジュリエッタを利用した!?』


 怒鳴りつける勢いのレアンドロに対し、クラウチは余裕の笑顔を見せる。


『私がジュリエッタ様に見せたのはどんな夢だったと思います?』


『なに?』


 クラウチの問いに面食らったレアンドロが眉を寄せると、クラウチは胡散臭い笑みを浮かべながら説明をはじめた。


『私はね、ジュリエッタ様に架空の〝前世の記憶〟を見せたのです。そしてこの世界は前世で読んだ物語の中の世界で、物語の主人公レアンドロ・オルビアン公爵は悪妻のせいで悲運の最期を迎える悲しい運命にある、と思い込ませることに成功しました』


『俺が……なんだと?』


 戸惑うレアンドロなど気にも留めず、クラウチは話を続ける。


『王都の人間達に前世の夢を植え付けたのも、全てはジュリエッタ様に夢を信じ込ませることが目的でした。私の計画通りジュリエッタ様は夢を信じて自らを悪妻だと思い込み、物語のヒロインであったイレーネ嬢と結ばれることがあなたの幸せだと考えるようになった。そして公爵様の幸せのために魔力を移植して身を引いたのです』


 クラウチの口から語られる信じられない真相に、レアンドロは言葉を失うばかりだった。


『ジュリエッタ様は公爵様を深く愛していらっしゃいます。だから私はその愛を思う存分利用させていただきました。公爵様のためだと言えば、ジュリエッタ様はどんなことにも従順に従ってくださるんです。お陰様でとても楽でしたよ』


 くつくつと笑うクラウチの姿を見たレアンドロは血が出るほど強く拳を握り締めた。


 今すぐ目の前の相手を殴り飛ばしてズタズタに切り裂いてやりたいとさえ思う。


 そんなレアンドロの殺気を真っ向から浴びながら、なおもクラウチは余裕の表情で笑みを浮かべるばかり。


『ジュリエッタ様は長い間、公爵様が必要としているのは自分の魔力だけだと思い込んでいたようですね。自分自身が愛されているなんて思ってもいなかった。そりゃあ十年間一度も手紙の返事をくれないんじゃねぇ……。公爵様が言葉足らずなおかげで自己評価の低い彼女を操るのは実に簡単で助かりました』


『貴様……っ!』


 煽るようなクラウチの言い方にレアンドロは首筋に血管を浮き上がらせる。


 目の前が真っ赤になり、湧いてくる怒りに頭がおかしくなりそうだった。


『なぜだ? なぜジュリエッタを狙った!? 公爵家を破滅させることが目的だったのなら、最初から俺を狙えば良かっただろうっ!』


 両肩を掴まれ揺さぶられるクラウチは、余裕の表情を崩さないまま口角を上げる。


『私の狙いは最初からジュリエッタ様だったんですよ。それが王太子殿下のご要望だったんで』


『!?』


 目を見開いたレアンドロの力が緩んだ隙に手を払いのけたクラウチは、レアンドロが絶対に入ることができない檻の中に入り込んで嘆き続けるジュリエッタの隣に立った。


『私にはね、どうしても成し遂げたい目的があるんです。そのために魔核保有者のリストを王太子殿下から譲り受ける約束をしました。対価として王太子殿下が望まれたのが、ジュリエッタ様だったってわけです』


『王太子がジュリエッタを……?』


 苦虫を噛み潰したようにレアンドロの表情が歪む。


『ええ。随分とご執心だったご様子で。初めてお会いした時はジュリエッタ様と結ばれるべき運命の相手は自分だと言い張ってましてね。こっちにジュリエッタ様をお連れしてからも、何度か手を出そうとしてきまして大変でした。あ、安心してください。私が阻止しときましたんで』


 王太子がジュリエッタに手を出そうとしたと聞いて、レアンドロの頭に血が昇った。


 ビリリと空間が歪み、クラウチの思いのままであるはずの夢の中でさえ暴走しそうなレアンドロの魔力に気づいて慌てて阻止したことを付け加えたクラウチは、レアンドロを落ち着かせるためにも早口で続きを話した。


『まあ、それほど王太子殿下がジュリエッタ様にご執心だったので、私は綿密に今回の計画を立てました。ジュリエッタ様が公爵様から離れて逃げ出し、私に助けを求めるよう仕組んで王太子殿下のもとに連れて行ったのです』


 隣に立っていたクラウチはジュリエッタに手を伸ばして肩をポンと叩く。


 しかし、ジュリエッタに反応はない。


 顔を上げたクラウチは檻越しにレアンドロを見た。


『ですが、ここで想定外の事態が発生してしまいまして』


『想定外の事態だと……?』


『ジュリエッタ様の胸に魔核がないことを知った王太子殿下が激怒したんです。殿下の言い分では、ジュリエッタ様の熱の魔力が風の魔力を増大させてくれる鍵なのだとか。それゆえにジュリエッタ様を求めていらっしゃったのに、私がその魔力をよりにもよって公爵様に移植してしまったせいで、それはそれはお怒りでした』


 肩をすくめるクラウチに、レアンドロは呆然と問いかける。


『王太子の目的は……ジュリエッタではなく、熱の魔力だったのか?』


『そうです。ジュリエッタ様が欲しいなんて言うから、私はてっきりジュリエッタ様自身にご執心なのかと思いきや、蓋を開けてみれば欲しかったのは熱の魔力だと言い出すわけです。それでちょっとばかり揉めましてね』


 約束の報酬のことで王太子と揉めたと語るクラウチは、最終的に約束通り報酬をもらうことで合意したのだと得意げに微笑んだ。


『私の次なるミッションは、ジュリエッタ様を王都まで運ぶことです。王太子殿下はジュリエッタ様の傷を晒しものにしてオルビアン公爵家を貶める算段のようですよ。魔力だけ剥ぎ取って捨てられた公爵夫人、とでもいうような噂を広めるのでしょう』


 自分のせいで一生ものの傷を胸に負ったジュリエッタが晒しものにされると思うと、レアンドロは居ても立っても居られなかった。


『そんなことは絶対にさせない……っ!』


『ええ。阻止しないと公爵家が非難を浴びるのは必至ですが、それだけでは終わりません。ジュリエッタ様に魔力がないことが世間に露見し、貴族の資格を剥奪され公爵様との婚姻が無効にされるでしょうね。ジュリエッタ様は未来永劫キズモノ扱いされることになります』


 王太子の計画を暴露するクラウチは悪びれる様子もなく、それどころかレアンドロに向けて驚きの提案を口にした。


『全てが手遅れになる前に、公爵様に一度だけ情報を差し上げようと思います』


『…………!』


 驚きを隠せないレアンドロが心の準備をする間もなく、クラウチは淡々と告げる。


『王太子殿下は明朝、ジュリエッタ様を連れて王都に向け出立する予定です。王都に着けば警備もより厳重になりジュリエッタ様を奪還することは難しくなるでしょう。ジュリエッタ様を救いたいのなら、なんとしても王都に着く前に迎えに来て差し上げてください』


 情報を脳に刻み込んだレアンドロは、すぐに一番重要なことが抜け落ちていると気づいてクラウチへ問いかけた。


『お前達が今いる場所はどこだ?』


『…………私だって王太子殿下との取引があるのでね。これ以上のヒントは出せませんよ。私は自分の目的のために王太子に同行してジュリエッタ様を王都に運ぶつもりです。せいぜい頑張ってください』


 肝心な部分は話す気がないらしいクラウチに舌打ちをしたレアンドロは、牢の中でさめざめと泣くジュリエッタに目を向けた。


『ジュリエッタ……。必ず迎えにいく。もう少しだけ待っていてくれ』


 聞こえないと分かっていても話しかけるレアンドロへと、クラウチは静かに口を開く。


『ジュリエッタ様はこんな状況でも公爵様のことを心配されていましたよ。先ほどなんて、あなたの足を引っ張るくらいならいっそ殺してくれとまで言われました』


『なっ……!?』


 飛び上がるレアンドロを見て、クラウチはクスクスと笑った。


『大丈夫ですよ。ちゃんとお断りしておきました。が、あなたの奥様は心配になるほど純粋でお人好しな人ですねぇ』


 ジュリエッタを見つめるクラウチの瞳には、これまで浮かんでいた冷淡さがなかった。


 改めてこの状況を頭の中で整理したレアンドロは、クラウチの情報が公爵家を嵌めるための罠である可能性にも思い至る。


 少なくとも全てを鵜呑みにすべきでないことは明白だ。


 だからこそ問いかけた。


『もう一度聞く。なぜ俺にこの夢を見せた?』


 黙り込んだクラウチは、泣き続けるジュリエッタに目を向けると苦笑を漏らした。


『…………迂闊にも、ジュリエッタ様と約束してしまったので、ね』


『………………』


 苦笑するクラウチの横顔を見たレアンドロは、クラウチの言葉が嘘ではないと確信したのだった。











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