30.夢の魔力
ジュリエッタの誤解によるお家騒動に巻き込んでしまったこともあり、氷狐やルカの件でイレーネと親しくなったカルメラは、ジュリエッタが魔力をレアンドロに移植して消えてしまったことや、謎の魔力石が見つかったことも話していた。
ジュリエッタの話を聞いたイレーネは目に涙を溜めて感嘆の声をあげた。
『まあ……!! あの朴念仁のためにそこまでされるだなんて、ジュリエッタ様は本当に公爵様を愛しておいでなのですわね! 私、とてもとても感動いたしました。私があの鉄仮面と不倫しているだなんて誤解をされたことは大変遺憾ですけれど、私にできることがありましたら、なんでもご協力させていただきますわ!』
そうしてジュリエッタの部屋から発見された魔力石について調べると豪語し飛び出して行ったのがついニ日前のことだった。
短期間でその正体が分かったと得意満面にやってきたイレーネだが、公爵家が必死になって調査していた魔力の正体を先に突き止めたという彼女にレアンドロは厳しい目を向ける。
「本当にあの魔力の正体が分かったと?」
「ええ。とても珍しい魔力で苦心しましたけれど、間違いありません。あれは夢の魔力です!」
イレーネは腰に手を当て胸を張り、自信満々に言い切った。
「……夢の魔力? 聞いたことがあるか?」
「いいえ……」
疑うように目を見合わせるレアンドロとモランへ向けて、イレーネは隣にいたルカの背中を叩いて押し出す。
「全てはうちのルカの功績ですわ! ルカはメトリル家にある膨大な蔵書を隅々まで丸暗記しておりますの。三百年以上前の書物に書かれていた数行の描写をヒントに、王都中をあちこち調べ回ってやっとあの魔力の正体を突き止めたのですわ。以前公爵様にお見せした氷狐に関する資料もこのルカが作成いたしましたのよ。ルカは本当に優秀で使い勝手のよい男なのですわ!」
従者の自慢話をはじめるイレーネから視線を逸らしたレアンドロは、恐縮しきりのルカへと目を向けた。
「あれが夢の魔力というのは確かなのか?」
「間違いありません。拝見した魔力石は多色でどれも暗く、見る角度によって色合いが変化していました。まるでブラックオパールのようだと思ったのです。そこで思い出したのが、北部で読んだ『夢の魔力はブラックオパールのような遊色効果を有している』という記述でした」
話を聞いたモランは納得したように唸った。
「確かにあの魔力石は見たことのない色でした。似た色の魔力は存在しても、どの色も絶妙に揺らめいていて非常に断定が難しかったのです」
「……しかし、夢の魔力なんて聞いたこともない。そんなものが本当に実在するのか?」
再びレアンドロから目を向けられたルカは、胸に手を当てて答える。
「王立図書館の魔力図鑑には記載がありませんでしたが、五百年前の魔力学者フラトンの著書の一つ『古代魔力考察概論』に、夢の魔力について書かれた章がありました。フラトン曰く、夢の魔力はあまりにも希少であまりにも危険な魔力であると」
どうやらルカの話が世迷言ではないらしいと考えたレアンドロは、真剣な顔で問いかける。
「それはいったいどんな魔力なんだ?」
「乏しい資料から読み取った情報によりますと……。眠りや夢を操る力のようです。他人の睡眠を自在に操り、夢に干渉して思想を植え付け、時には白昼夢を見せて相手の言動を惑わせる作用もあるとか」
ルカの話を聞いたモランは、納得したように何度も頷いた。
「大奥様はクラウチと話しているうちに思考がうまく回らなくなったとおっしゃっておりましたね。ユナや使用人達も、いつの間にか旦那様の不倫が真実であると思い込んでいたと。屋敷の護衛が眠りに就かされていたこともその魔力の仕業と考えれば辻褄が合います」
レアンドロはさらに思考を巡らせる。
「ジュリエッタが消えた時、眠らされた騎士達以外にその場にいたのはクラウチだけだ。クラウチは経歴不明だといったな……。夢の魔力の持ち主はクラウチなのではないか?」
「…………魔力を持つ者は貴族と決まっていますが、あの経歴不明の医者ならば充分あり得ます」
魔力の正体が分かったところで、レアンドロはあることを思い出した。
「待て……。夢を操るだと? おいモラン、先ほどイルビリア侯爵家の令息が『前世の記憶を夢に見た』と言っていなかったか?」
モランも目を見開きハッとする。
「はい。夢で見た〝前世の記憶〟に翻弄された侯爵令息は、自身も関わっていたイルビリア侯爵の不正を世間に暴露したそうです。結果として侯爵家は取り潰しになりました。令息本人も投獄されたと……。判決を下したのは王太子殿下です」
ここでも話に出てきた王太子に、レアンドロは顔を歪めた。
「その後王太子は没収した領地をコルマン男爵に与え、メアリーを我が家に潜入させた……。クラウチは侯爵令息とも交流があったのか?」
「そのようです。前世の記憶を持つという彼を診察し、親身に話を聞いていたと……。まさか、王都を騒がせた前世の記憶持ち達の話は、クラウチによって意図的に作られたものなのでしょうか?」
「おそらくな。そして、クラウチの背後には王太子がいる」
真相に近づいたレアンドロは、二つの魔核が宿る自らの胸を見下ろした。
「ジュリエッタの部屋にあった魔力石……。ジュリエッタもよからぬ〝夢〟を見せられた可能性が高いな」
レアンドロの呟きにモランも同調する。
「ある日を境に見受けられた、奥様の悲観的なご様子……。急に旦那様を避けられ、不貞を信じ込んでいらっしゃったのも、夢の魔力によるものだったのでしょう」
自分を避けるように部屋にこもっていたジュリエッタの姿を思い出したレアンドロは、クラウチの背後にいる王太子の顔を思い浮かべながら苦々しげに問いかけた。
「王太子は今どこにいる?」
「そういえば……数日前に王都を出たと聞きました」
「……! まさか、王太子が向かった先にジュリエッタがいるのでは? 王太子の足取りを調べてくれ。一刻も早くジュリエッタを見つけなければ……!」
「おっしゃる通りです! すぐに王太子殿下の動向を探らせます……」
「ちょっとお待ちになって!」
レアンドロとモランが出て行こうとしたところで、ずっと話を聞いていたイレーネが黙っていられないとでもいうかのように声をあげた。
「ジュリエッタ様捜索の件でしたら、どうぞ私にも協力させてくださいな!」
「なに? ……夢の魔力を突き止めてくれた件は感謝しているが、これは遊びじゃないんだぞ?」
舌打ちをしそうなほど不機嫌になったレアンドロが睨みつけるも、イレーネに通用するはずがない。
「もちろん分かっておりましてよ。実はメトリル伯爵家に書信を送っておりますの。もうすぐ王都に氷狐が到着いたします。公爵様の氷でみるみる回復して元気になった子達ですのよ」
「だからなんだ?」
眉間に皺を寄せるレアンドロへ、イレーネは自信満々に微笑んだ。
「今こそ氷狐の力をご覧に入れる時ですわ!」




