29.判明
「い、いったい公爵様が私なんぞになんのご用でしょうか……!」
全身から汗を吹き出す勢いで怯えるコルマン男爵は、武装したオルビアン公爵を前に震え上がっていた。
強大な氷の魔力と圧倒的な剣技で魔物すら容易く斬り捨てる冷酷で恐ろしい公爵が、屈強な騎士達を引き連れて突然訪問してきたのだから無理もない。
「聞きたいことがあってきた」
小太りなコルマン男爵の前に立つレアンドロは、冷たい美貌と銀色の瞳でこれでもかというほどに男爵を威圧している。
周囲の空気すら氷のように冷たい王国最強の騎士レアンドロに、気弱な男爵は冷や汗を垂らし続けるばかり。
ジュリエッタの捜索は難航を極めていた。
クラウチとジュリエッタ、女性が二人だけでオルビアン公爵家の騎士から逃げるのには限界がある。
しかし一向に足取りも掴めない状況に、レアンドロはジュリエッタの置き手紙にあった協力者が二人を匿っているのだと踏んで別の方向から手がかりを掴もうとしていた。
「ここに男爵からの紹介状がある。この紹介状を持たせたメイドについて聞きたいことがあるのだが、お答えいただけるだろうか」
レアンドロが突きつけたのは、失踪したメアリーを雇い入れる際に彼女が持参した紹介状だった。
きっちりとコルマン男爵の名前が記された紹介状を前に、小心者の男爵は汗を拭いながら視線を彷徨わせた。
「ま、まさか、そのメイドが公爵様になにかご無礼を……?」
「俺の妻の寝室に不審な魔力石を持ち込んだ。そして今は姿を消している。大胆にも公爵夫人を害そうとした不届者だ。このメイドについて知っていることは教えてもらいたい」
「……なんと! そんなことが……えっと、そのメイドでしたら……。私の記憶では、その……」
誤魔化そうとでもしているかのように目を泳がせる男爵に、レアンドロは剣を抜く。
「ひぃぃい! オ、オルビアン公爵様! 刃傷沙汰を起こすおつもりですかっ!?」
男爵の叫びを無視したレアンドロは、ギラリと冷たい光を反射させる剣を手に男爵を見下ろした。
「俺は今、男爵に機会を与えているんだ。メイドとグルなのか、それともただ利用されただけか。弁明する機会はこれが最初で最後だと思え」
容赦のない鋭いレアンドロの視線に、男爵は顔面蒼白になりながら白状した。
「実はあのメイドには……王太子殿下から頼まれて紹介状を書いたのですっ!」
「王太子殿下から?」
ピクリと眉を上げたレアンドロに、男爵は洗いざらい話し出す。
「詳細は分かりませんが、王太子殿下はあのメイドのことを可哀想な身の上を持つ娘だと大層心配されており……。仕事を見つけてやるために、私の名で紹介状を書いてほしいと直々に頼まれたのです。……王太子殿下から内々の頼みだと言われればお受けしないわけにも……」
言い訳がましく喋る男爵をレアンドロは睨みつけた。
「見返りになにをもらった?」
鋭い視線と冷ややかな空気に逃げられないことを悟った男爵は、か細い声で答える。
「か、金と……断絶したイルビリア侯爵家の領地を少々……」
「………………」
無言で剣を納めたレアンドロは、引き連れていた騎士達に合図を送り撤退の準備をさせた。
そしてホッと胸を撫で下ろす男爵に向けて、去り際にぽつりと呟きを残していく。
「旧イルビリア侯爵家の領地は魔物被害の多い西部にあったな。今後、西部の魔物討伐要請があれば全て後回しにしよう」
「なっ……!? お、お待ちください! 公爵様……!」
コルマン男爵は必死にレアンドロを呼び止めようとした。
レアンドロの討伐がなければ、授かったばかりの領地はあっという間に魔物に占領されてしまう。
それだけではない。もし『コルマン男爵のせいでオルビアン公爵が西部に来てくれなくなった』と噂でも広がろうものならば、参入したばかりの西部貴族達から後ろ指をさされ誰も相手にしてくれなくなるだろう。
「公爵様……!」
しかし、悲痛な声で呼びかけ続ける男爵をレアンドロが振り返ることはなかった。
「クラウチについての調査はどうなっている?」
屋敷に帰宅したレアンドロは、休む間もなくモランに問いかけた。
「やはり突如王都に現れた半年以上前の経歴は一切不明なのですが、有力な新情報が入りました。……王都で医者としての腕が話題になりはじめて間もなくの頃、ある人物との接触があったようです」
「ある人物とは?」
「…………王太子殿下です」
「なんだと?」
報告を聞いた瞬間立ち止まったレアンドロは、考え込むように顎に手を当てる。
「メアリーの紹介状を書いたコルマン男爵の背後にも王太子殿下がいた。これが偶然なはずがない」
「メアリーの件にも王太子殿下が絡んでいたと……? 魔力のことで旦那様を憎むあまり、奥様を利用してオルビアン公爵家を崩壊させようという魂胆ではありませんか?」
ハッとしたモランがそう言えば、レアンドロは慎重に今の状況を見直し頷いた。
「あり得ない話ではないな……。クラウチについての情報は他にないのか?」
モランは一瞬動きを止め、迷うように口を開いた。
「……これはとても馬鹿げた話なのですが。旦那様が遠征に出られている間、王都では不可思議な現象が相次いでおりました」
「不可思議な現象?」
「自分は異世界からの転生者であり〝前世の記憶〟があると吹聴する輩が多数出現したのです。イルビリア侯爵家が断絶したのも、発端は侯爵令息が前世の記憶を夢に見たと言い出したことでした」
遠征で王都にいない間に起こっていたという不可解な現象に、レアンドロは顔を顰めた。
「あまりに荒唐無稽な話でしたので、新聞に取り上げられても信じていない者のほうが大半でしたが、クラウチだけはそういった者達の話を親身になって聞いていたそうです」
「…………クラウチはなぜそのような者達を?」
「分かりません」
「ふむ……。ただの変わり者か、もしくはなんらかの思惑があったのか……。ナオミ・クラウチ。奴の目的はなんだ? とにかく怪しい医者だ」
レアンドロとモランがクラウチの不可解な行動に頭を悩ませていると、にわかに屋敷内が騒がしくなった。
バタバタと駆けるような騒々しい足音に聞き覚えのあるレアンドロは、眉間に皺を寄せる。
「お邪魔いたしますわよ!!」
遠慮のかけらもなく開け放たれた扉から入ってきたのは、想像通りイレーネとその従者だった。
「イレーネ嬢。屋敷の出入りは許可したが、もう少し静かに……」
騒がしくてたまらないイレーネに苦情を言おうとしたレアンドロだったが、次の瞬間イレーネの口から飛び出した言葉に思わず首を傾げる。
「分かりましたの!」
「……なにがだ?」
「ジュリエッタ様の部屋から見つかった魔力石に込められていた魔力の正体が、判明いたしましたわ!」




