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26.絶叫



「ジュリエッタがいなくなったとは、どういうことなの!?」


 カルメラの絶叫が響くオルビアン公爵家は大騒ぎだった。


 騎士達は総動員でジュリエッタの捜索に駆り出され、ジュリエッタが消えたという事実に使用人達は大きなショックを受けている。


「……例の医者の手を借りて屋敷から逃げ出したようです。すぐに捜しに出ましたが、どんな手を使ったのか護衛達は眠らされていて手がかりすらありませんでした」


 母に報告するレアンドロの顔もまた暗い。


「どうして……」


 呆然とするカルメラにジュリエッタの置き手紙を差し出すレアンドロ。


「ジュリエッタからの手紙です。母上にこれ以上迷惑をかけたくないと」


「そんな、迷惑だなんて……」


 震える手で手紙を受け取ったカルメラはジュリエッタの文字を目で追いながら打ちひしがれていった。


「ああ、ジュリエッタ……いったいどうして」


「大奥様! お気を確かにっ」


 ジュリエッタ捜索の指揮を執るため帰還したレアンドロと共に公爵家に戻ってきたユナが、憔悴しふらつくカルメラを支え謝罪する。


「……奥様のお世話を任されておりながら、奥様をお止めできなかったこと、全て私の責任です。大奥様……本当に申し訳ございませんでした」


「ユナ……。ジュリエッタは……あの子の体調は回復していたの?」


 ユナの腕を掴むカルメラの手は力が入らないかのように弱々しかった。


「はい。充分回復されていたので、ご指示通り移動の準備をしようとしていたところでした。……それをどうやら奥様に勘付かれてしまったようです。奥様はこれ以上大奥様に迷惑をかけられないと、よりによってあの医者に助けを求めて……っ。私も気づいたら眠っていて……っ。なにもかも私の落ち度です」


 悲痛な面持ちで嘆くユナの話を聞きながら、カルメラはジュリエッタへの忠誠心が強いユナが自分を責めないようにと気遣った。


「いいえ、私が甘かったのよ。ジュリエッタの性格なら援助を遠慮して当然だというのに。ジュリエッタが自分から逃げ出すことも考えるべきだったわ。ユナ、あなたはよくやってくれた。あまり自分を責めないでちょうだい」


「大奥様……っ」


「しかし、ユナがあと少しだけジュリエッタを引き留めてくれていれば……。俺の到着が間に合っていればジュリエッタを連れ戻せたかもしれないのに」


 空気を読まないレアンドロの大真面目な言葉にユナは顔を真っ赤にして目くじらを立てる。


「そもそも! 旦那様が不倫なんてなさるからいけないのではっ!?」


「なっ…………!」


 レアンドロのために全てを投げ出し捧げ続けるジュリエッタの姿を間近で見てきたユナは、これまで耐えてきたレアンドロへの不満が爆発し思い切りぶつけるように糾弾しはじめた。


「奥様というものがありながら他の女性と密通するなんて信じられません!」


「だからそれは誤解だと何度も説明しただろう……!」


 すぐさまレアンドロが否定するも、ジュリエッタのことで頭がいっぱいなユナには届かない。


「あんまりです! 奥様はいつだって旦那様のことだけを想っておられたのに、愛人を作るなんて!」


「あ、あのね、ユナ。実はその話は本当に誤解なのよ……」


 レアンドロを捲し立てるユナへ向けて、事情を知るカルメラが誤解を解こうとするもユナの興奮は治らなかった。


「旦那様は最低な浮気者ですっ!」


「………………ッ!?」


 主人に対して無礼を働いてしまうほどに、ユナも限界だったのだ。


「旦那様のために長年献身されてきた奥様を裏切って、本気でメトリル家のご令嬢と再婚するおつもりなのですかっ!?」


「だから……っ!」


 屋敷中に響きそうなユナの叫びが廊下にこだまし、レアンドロが口を開こうとしたその時だった。


「あのー、お取り込み中失礼いたしますわ。なにやら私の話をしているような気がしたものですから」


 呑気な顔をしたメトリル家の令嬢イレーネが、いつもの従者とともに顔を覗かせる。


 タイミングの悪いイレーネの登場にレアンドロもカルメラも言葉を失い咄嗟に動くことができなかった。


「あら、公爵様のお母様のカルメラ様では? お初にお目にかかりますわね。……みなさんで集まって、何をされていらしたの?」


 初対面のカルメラへと簡単に挨拶したイレーネは、切迫した周囲の空気に首を傾げた。


「……まさかあなたがメトリル伯爵家のご令嬢イレーネ様なのですか?」


 屋敷を我が物顔で歩いてきたイレーネへとユナは鋭い目を向ける。


「ええ、そうよ。初めて見る顔ね。メイドさんかしら? 実は私、ここ最近この公爵邸に通わせてもらっているの。奥様がご不在の中申し訳ないのだけれど……。今後も頻繁に顔を合わせることになると思うから、どうぞよろしくね」


 気さくなイレーネは笑顔でユナに手を差し出す。


 イレーネにとっては純粋な厚意でしかないのだが、今のユナにとってはイレーネの言葉も態度も宣戦布告でしかなかった。


 差し出された手を前に拳を震わせたユナは、相手が貴族であることも構わず人差し指を向けて怒鳴りつけた。


「……この泥棒猫!! どのツラ下げてオルビアン公爵家の屋敷に入り浸っているのですかっ!? 恥をお知りください!!」


「は……? えーっ!? ど、泥棒猫? まさか私に言っているの!? そんな言われようは初めてだわ! いったい私が何をしたというのよ?」


 初対面のメイドに罵られるというあり得ない状況に驚いたイレーネが困惑しながら問うと、ユナは鬼の形相でイレーネに言葉を突きつけた。


「とぼけないでください! あなたが旦那様を誘惑したせいで奥様がどんな想いをされたことか……っ!」


「ゆ、誘惑ですって!?」


「自分の行いを恥じたことはないのですかっ!? 妻帯者と知っていながら旦那様と不倫するだなんて!!」


 騒然としていた周囲はいつの間にか静まり返っている。


「………………待って! 私と公爵様が不倫ですって!!?? なにをあり得ないことを言っているのよ!!??」


 今度はイレーネの絶叫がオルビアン公爵家にこだました。



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― 新着の感想 ―
多分この人婚約者がいるとか結婚してますとかのパターンじゃねぇかなぁ…
誤解つーか、かなり深刻な中傷になってしまってますね。 成り行き次第で、物理的に首が飛ぶのでは。
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