22.手紙の宛先
その日、母からの呼び出しを受けたレアンドロは、すぐさまカルメラのもとに駆けつけていた。
もしかしたらジュリエッタのことを教えてくれるかもしれないと思ったからだ。
どちらにせよ向こう一月分の仕事は前倒しで終わらせた。
すぐにでもジュリエッタのもとに向かいたいレアンドロは手がかりだけでも母が与えてくれたら、と必死だった。
しかし、駆けつけたレアンドロへ母カルメラが投げつけたのは、まったく予想だにしない言葉だった。
「あなたは本当に……イレーネ・メトリル嬢と再婚するつもりなの?」
「は……?」
母がなにを言っているのか、脳がうまく処理できずにポカンと口を開けるレアンドロ。
「ジュリエッタの気持ちを汲んで再婚を許すとは言ったけれど、まさか本当にジュリエッタが去ってから数日もしないうちにこんなことになるだなんて。私はお前が情けなくて仕方ないわ」
「…………は、…………え、…………は?」
母の口から飛び出すあり得ない言葉の数々に、レアンドロは混乱し続けるばかり。
「お前には良心というものがないの? ジュリエッタに免じて見守るつもりでしたがもう我慢なりません。愛人を家に上げて、本気でジュリエッタを捨てるだなんて! こんなのあんまりよ!」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
とうとう泣き叫んだカルメラを見て、レアンドロも声を張り上げた。
「誤解です! 恐ろしいことを言わないでください。再婚? 愛人? 母上はいったいなんの話をしているのですかっ!?」
声を裏返させて慌てるレアンドロに、カルメラは尚も鋭い目を向ける。
「なんの話ですって? 決まっているでしょう! お前とイレーネ嬢の不倫の話よ!!」
「………………はあぁぁあっ!?」
かつてないほどの大絶叫をしたレアンドロは混乱しながら母に向けて主張した。
「な、なにをあり得ないことをおっしゃるのですかっ! あの小うるさい令嬢と俺が!? 俺にはジュリエッタという最高の妻がいるのに、そんな愚かなことは世界がひっくり返っても絶対にしませんっ!」
必死な息子を見下ろすカルメラの目には不信感が漂っている。
「ふん。あくまでもシラを切るのね。じゃあこれはどう説明するのかしら。ジュリエッタはね、あなたの執務室でイレーネ嬢からの手紙と、その返事を書いている途中のあなたの手紙を見たそうよ」
「手紙……?」
確かにイレーネの手紙を放置していた自覚はあるが、返事とはなんのことか。
身に覚えのないレアンドロが困惑している間にも、カルメラは溜まりに溜まった鬱憤を息子にぶつける。
「ジュリエッタには一通も手紙を返したことがないくせに、イレーネ嬢には随分と熱烈な手紙を書いていたそうね! なにが【愛する君へ】よ! この浮気者!」
その一言で全てを理解したレアンドロは、顔を真っ赤に染め上げた。
イレーネへの手紙にはまったく覚えがないが、【愛する君へ】で書きはじめた手紙なら嫌というほどに覚えがある。
何年も書き直し続けている、ジュリエッタへの手紙の返事だ。
金庫にしまったつもりでいたが、執務机に置きっぱなしにしていたとしたら……あれをまさか、ジュリエッタ本人に見られていたというのか。
それだけでも羞恥にどうにかなりそうだというのに、カルメラの話ぶりからすると、ジュリエッタはその手紙がイレーネ宛だと誤解してしまったらしい。
まさかイレーネの手紙を放置していたせいであらぬ誤解を生んでしまったとは。
「じゃあ……ジュリエッタが出て行ったのは……っ」
魔力だけを残して家を出ていったのも、離婚なんて考え出したのも、全てはジュリエッタが手紙を見てレアンドロの気持ちを誤解したからなのか。
思い至り、赤くなっていいやら青くなっていいやら分からないレアンドロは、嫌な汗が吹き出すのはそのままに口を開いた。
「あれは……違うのです。イレーネ嬢と出会ったのはジュリエッタが家を出てからで……、会う時は必ずモランや向こうの従者が同行しており二人きりで会ったことなど……。全てはジュリエッタのために……。ジュリエッタの喜ぶ顔が見たくて……。それにあの手紙は……イレーネ嬢からの手紙はたまたま机に放置していただけで……俺が書いていたあの手紙の宛先は……」
ブツブツと要領の得ないことを呟く歯切れの悪い息子に、もとから苛立ちを募らせていたカルメラは金切り声で叱責する。
「なにを言い訳がましく呟いているの! 言いたいことがあるのならハッキリとお言いなさい!」
母の言葉に羞恥を捨てたレアンドロは大声で告白した。
「俺が書いていたのは! ジュリエッタへのラブレターなのですっ!」
息子の大声に時が止まったかのように目を丸くするカルメラは、なにがなんだか分からず聞き返していた。
「な、なにがなんですって……?」
「ですからあれは、俺が何年も何年も書き直し続けている……ジュリエッタへの愛を綴った……、手紙の返事……ラ、ラブレターです」
言い慣れない単語をなんとか口にして説明したレアンドロに、カルメラの頭も混乱する。
「書き直し続けているって……、何年も? ジュリエッタに……ラブレター……え? それは……、いったいいつから」
途切れ途切れの母からの問いに、レアンドロは正直に答えた。
「……………………初めてジュリエッタから手紙をもらった十年前から、です」
全ての顛末を把握したカルメラは痛む頭を押さえながら、顔を真っ赤にして羞恥に耐えている息子へと言わずにはいられなかった。
「お前は…………バカなの?」