1.夫の帰還
光に透けるような白金色の髪、涼しげなシルバーの瞳に冷たい空気を纏ったオルビアン公爵レアンドロは、一ヶ月にも及ぶ遠征から帰還した。
「あなた、おかえりなさい。ご無事で何よりです」
彼を真っ先に出迎えたのは妻であるジュリエッタだ。
冷たい印象のレアンドロとは対照的な、温かみを感じさせる夕陽色の瞳が溢れんばかりの愛情を込めてレアンドロを出迎える。
「ジュリエッタ。留守中、変わりはなかったか?」
「ございませんわ。いつも通り、モランとユナが完璧に補佐してくれました」
ジュリエッタの視線の先には公爵夫妻が信頼を置く執事とメイドが頭を下げていた。
二人に目を向けたレアンドロは、すぐに視線をジュリエッタに戻す。
「……少し痩せたのでは?」
「あなたがいない食事は味気ないのですもの。つい食が細くなってしまって」
「…………」
照れくさそうに話すジュリエッタに対して、レアンドロは銀色の瞳をそっと妻から逸らした。
「俺がいなくてもちゃんと食事はとってくれ」
「ふふ、分かってますわ。準備させておりますので、まずは湯浴みとお着替えを。お食事はその後ご一緒いたしましょう」
「…………」
夫の帰還が嬉しいのか、ニコニコと微笑むジュリエッタはレアンドロの腕に腕を絡めて廊下を進む。
ジュリエッタの様子を横目で見ていたレアンドロは、おもむろに何かを取り出した。
「これを君に」
目の前に差し出されたマンダリンガーネットのネックレスに、ジュリエッタは思わず声を上げてしまう。
「まあ……!」
「君の瞳に似合うと思って……」
レアンドロからネックレスを受け取ったジュリエッタは、温かなオレンジ色の宝石が眩しく思えた。
「ありがとうございます。嬉しいです。ですけれど、いつも遠征のたびにお土産を買っていただかなくてもよろしいですのに」
「君には苦労をかけているからな。迷惑ならもう買ってこない」
極端なレアンドロの言葉さえ可愛く思えるジュリエッタは、花が咲くような満面の笑みで夫を見上げた。
「そんなことはあり得ませんわ。あなたから貰えるものでしたら、どんなものでも全部私の宝物ですもの」
「…………そうか」
前を向くレアンドロの口の端がピクピクと動く。
彼がホッとした時の癖だと知っているジュリエッタは、気づかないふりをして話題を変えた。
「今回の遠征でもご活躍されたと聞きました。あなたの名声が上がるのはとても喜ばしいことですけれど、お怪我されたりしていないかついつい心配になってしまいます」
「俺のことを心配するのは君くらいだ」
レアンドロは生まれ持った強大な氷の魔力のおかげで敵なしだ。
その魔力と剣の腕を認められ国王の勅命で魔物の討伐にあたるレアンドロは、王国最強の騎士として讃えられている。
「あなたが強いことは誰よりも知っています。それでも心配してしまうのは、私があなたの妻だからですわ」
心からレアンドロを愛しているジュリエッタの瞳が真っ直ぐに向けられるたび、レアンドロは居心地悪そうに目を逸らしてしまう。
いつもの照れ隠しだと気にしないジュリエッタは、そのまま連れ立ってレアンドロの寝室まで歩いた。
「もうお部屋に着いてしまいましたわね」
「…………」
残念そうなジュリエッタは夫と組んでいた腕を離すと、思い出したように手を叩く。
「あ、そうですわ。忘れないうちにこちらを」
ジュリエッタが差し出したのは一通の手紙だった。
「……今日もくれるのか」
結婚してからというもの、遠征中を除いて毎日送られるジュリエッタからのラブレター。
「ご迷惑でしたか?」
「いや。君からもらった手紙は……全て大事に読ませてもらっている」
言い淀むレアンドロを見つめるジュリエッタは小さく微笑んだ。
煩わしいだろうと思いながらも書いてしまう手紙なのだから読んでもらえなくて当然だと諦めているが、気遣ってそう言ってくれる夫が愛おしかった。
「それでは私は先に食堂に行ってますから、ごゆっくりいらしてください」
歩き出したジュリエッタだったが、半歩も歩かないうちに後ろから声をかけられる。
「ジュリエッタ」
「はい?」
呼び止められて振り向いたジュリエッタとは目を合わせず、レアンドロは言葉を探すように視線を彷徨わせた。
「……先に、その……。君から分けてもらった魔力が底をつきそうなんだ。だから……」
レアンドロは生まれ持った氷の魔力が強大すぎるが故に、ジュリエッタの熱の魔力がなければ心臓が凍てついて死んでしまう。
遠征の際、必ず大量の魔力を分けてもらっているが、それがもう底をつきそうだと訴えるレアンドロにジュリエッタは慌てて駆け寄った。
「それは大変ですわ! 気が回らず申し訳ありません。今すぐ補給させてくださいな!」
夫の生死がかかる問題に気が急くジュリエッタだが、レアンドロは慌てる様子もなく静かに手を差し出した。
「じゃあ、こっちに来てくれ」
差し出されたレアンドロの手を取ったジュリエッタは、彼に引かれるまま寝室へと入っていった。