ヤマモト
20XX年。人口増加に歯止めがかからず、人類はあらゆる問題を抱えていた。このままでは地球は維持できなくなってしまう。そこで人類は人口分散のために遠く離れた惑星の開拓を決定した。自然が豊かで人間が生きていけるとされた惑星である。そして派遣される開拓使第一弾の船長に指名されたのがヤマモトであった。ヤマモトはお腹の大きい妻と別れなければいけなくなった。妻は泣きながら反対したものの、再会を誓ってなんとか妻をなだめた。ついにヤマモトは最先端技術を結集してつくられた宇宙船に乗り込む。続いて、数十人の船員が乗り込んだ。人々は、ヤマモトに人類社会の繁栄を託す。ヤマモトは盛大な見送りのパレードを見下ろしながら、地球を後にした。
数十年の長い旅路は人工冬眠を交代に使いながら進む。冬眠カプセルのおかげで老いを感じずに、かなりの距離を進んだ。整備・点検だけの退屈な日々が続く中で、その大事件はおきた。突然、爆音が轟く。悲鳴をあげる暇もなく、船員が次々と宇宙空間に吸い込まれていった。船体に隕石がぶつかったのである。地獄と化した宇宙船で生き残ったのは、船長のヤマモトただ一人であった。損傷が少ない操縦室にいたのが幸いしたのである。地球に引き返せる分の燃料が吹き飛んだため、自動操縦に身を任せて孤独に惑星に向かうしかない。絶望を感じながらも、ヤマモトは無事着陸を信じて冬眠カプセルに入る。開拓使第二弾の到着まで生き残ればいいのだと自分に言い聞かせるしかなかった。
カプセルに叩き起こされてヤマモトは目が覚める。あれからどれだけ経ったのだろうか。時計は事故の日付を指したままだった。脇にある自動操縦システムに目を向けると「無事着陸」「目的地 到着」と表示されたところだった。なんだか体の動きが鈍い。恐る恐る船体のハッチを開けて外に出ると、そこには大自然が広がっていた。雨でぬかるんだ土の上に、原始林がそびえている。この瞬間に人類は宇宙時代に突入したのだ。開拓者ヤマモトは、ついに人類の宇宙進出に貢献できたと誇りに感じた。きっと歴史に名を残すだろうと思った。しかし、宇宙開拓の第一歩を踏み出したとき、突然上空をナニカが通り過ぎた。UFOだ。目を疑う光景に驚愕して、UFOが飛んでいった方向に走る。他の文明に先を越されてしまったのだろうか。人類に敵対する種族だろうか。さまざまな不安が頭をよぎった。走りつづけた先は崖になっていた。崖から見下ろすと、そこは大都会だった。人類社会より高度な文明のようだ。きっと人類が知らない異星文明があるのだろう。この文明レベルなら、開拓史第二弾でも太刀打ちできない。それだけでなく人類文明の存続も危うい。雲まで広がるビルが地平線の先までずっと広がっていた。ただ、閑散とした街だった。静かな街だった。遠くにわずかな光があるだけ。雨上がりのメガロポリスだ。
突然、誰かに後ろから口を塞がれた。首ごと押さえつけられる。異星人だろうか。突然のことで、後ろを見る余裕はなかった。ヤマモトは必死に抵抗したが、力が強くて逆らえない。手足をバタバタと動かしているうちに、徐々に意識が遠くなっていく。死を覚悟した。
目が覚めると牢屋に閉じ込められていた。ずっと気を失っていたようだ。牢屋は、出入り口のハッチと外が見える小窓がそれぞれあるだけだった。ヤマモトは手足を縛られた上に、口も塞がれていた。全く身動きがとれない。ハッチの外から異星人の立ち話が聞こえた。異星人と接触するのが怖かった。不安ながらも、ヤマモトは盗み聞きをすることしかできない。
「ついにこの星ですら放棄が決まった。やはり我々人類社会の衰退は避けられないな。」
「宇宙時代初期の輝きは、もうなくなってしまいましたね。」
二人は暗く沈んだ声で続ける。どこかに寂しさがあった。
「宇宙時代のはじまりといわれる開拓使第二弾の出発から一万年が経った。人口増加が技術革新の原動力となっていたが、もう現代では人口減少に歯止めがかからない。宇宙での生活は維持できなくなくなってしまったな。」
「そこで人口集中のために、全人類が地球に帰還することになったんですよね。」
「そういうことだ。でもね、ヤマモト君。宇宙開発は無駄ではなかったよ。君のご先祖様が第一弾の事故で名誉の死を遂げただろう? あの教訓のおかげでワープ航法が開発されて、今の便利な社会があるんだ。」
「はい、歴史の授業で習いました。もちろんご先祖様のことは本当に尊敬しています。だから、この惑星ヤマモトに赴任してきたんです。」
「そうだったね。でも、最終便は明日だから、これで誰もいなくなってしまうね。」
「ところで、不法侵入者はどうしましょうか。」
「中世のオンボロ宇宙船に乗っていたヤツだろう? このまま放置でいい。それより雨は出し切ったのか?」
「えっ。あ、はい。」
一人が哀れみながらハッチの隙間から覗きこむ。ヤマモトと目が合う。同じ目をしていた。間違いなくヤマモトの子孫だった。ヤマモトは自分の不運を伝えたかったが、口が塞がっていて声が出せない。子孫のヤマモトはハッチから離れてしまう。侵入者ヤマモトは本当にひとりぼっちになった。
翌朝。妻の顔が浮かんだ。お腹の子も気になった。きっと二人とも死んでいるだろう。それでも、もう一度会いたかった。一度は会ってみたかった。いきなり牢屋の明かりが消える。街の光も一斉に消えてしまう。すると小窓からの日差しが眩しくなった。ヤマモトは数隻の宇宙船が飛び立っていくのを、老人の顔が写る小窓から見上げながら、地球に想いを馳せていた。
〈了〉
第11回 日経「星新一賞」応募作品