Replay
明日を選んで さあ ゆこう
未来へと歩いて
You can live that way
見つけた光
手繰り寄せ
Replay
明日を選んで さあ 歌おう
未来へと夢乗せ
You can live that way
見つけた答え
確かめて
Replay
「大丈夫、アナタなら、もう一度選ぶ事が出来る。ワタシは知っているの。」
「君との別れを受け入れるよ。それは僕が幸せだったという事を証明する事でもあるから」
「あ」
カーテンを閉め切った暗い部屋に、
喜怒哀楽が既に剥がれ落ちた無気力な声が鈍く響く。
テレビの画面は、主人公がラスボスからヒロインを救い出す途中の場面が写ったまま動かない。
「終わりか」
そりゃそうだ。これだけ同じゲームを狂ったようにプレイし続けて、消耗しない方がおかしい。
制作途中で世に出る事はなかった、パイロット版。
ラスボスからヒロインを救い出す王道RPG。
主人公の名前は自分、ヒロインの名前は彼女。
何度もプレイした、何度もクリアした。
彼女を救う。その為に生きている。
そう言い聞かせて、現実の世界と自分を切り離し、
外に出るのは食料、酒、最低限の生活用品の買い出しのみ。それは再びゲームの世界へ旅立つ為の息継ぎにすぎなかった。
それすら、もう終わりにしろという事だ。
僕はカップ麺や缶、ペットボトル、コンビニの袋などが散らかった部屋で、ぬるくなって炭酸の抜けたビールを煽った。
しばらく静止したままのテレビ画面を眺める。
絶えず飲み続けたアルコールで、頭がボーッとしているが、そんな頭に明確に、くっきりとした輪郭で文字が浮かび上がる。
死のう。
そう思った瞬間、スマホにラインが届いた。
ゆっくりと手をスマホに伸ばして、ラインを開く。
ケイジ
まだ、立ち直れないか?
焦らせるわけじゃないが、
みんなお前を待ってる。
辛かっただろう、わかる、わかるよ。
でも、このままじゃダメだって事はお前もよくわかってるだろ?
何年も引き篭もって、せっかくの才能すら燻らせて。
彼女は、残念だった。
でもな、お前はまだ生き
ここまで読んで、画面を閉じた。
もうほっといてくれ。どうでもいいんだ。
僕は上下黒のスウェットの上から更に
所々ほつれている使い古した黒いコートを羽織った。
いつもコンビニへ向かう時の服装だ。
側から見たら怪しい事この上ないだろう。
スマホと財布という最小限の物だけ持って、
玄関へ向かう。
この部屋とも今日でさよならだ。
ドアを開けると、冷たいツンとした冬の匂いがした。
最寄りの駅から電車に乗って、約三時間。
海の見える見晴らしのいい高台までやって来た。
芝生はよく整備され、
そこかしこに綺麗な墓石が並べられてる。
時刻は既に16時を回っていて、夕日が辺りをオレンジに染め始めていた。
この時期に墓参りをする人は少ないらしい。
自分以外、他の人の気配はほぼ無かった。
彼女の墓は、この場所でも特に海が見える特等席に建てた。彼女は海が好きだったから。
生きていた頃は飽きもせず海へ来てははしゃいでいた。
新しく買った靴を波が濡らして、最悪ーと言って笑ったり、夜の海を眺めながら好きな音楽を流して、涙を流したり、そんな素直な感情表現をする彼女が大好きだった。彼女の顔も、声も、言葉もしぐさも、何もかも、
その全てが僕の生きる全てだった。
死ぬ場所は彼女の墓と決めていた。
向こうで彼女に会ったら笑いながら文句を言おう。
寂しかったって、悲しかったって、
もうあんな事しないでくれって。
その後に力一杯抱きしめよう。
一緒に過ごせなかった時間分、
抱きしめて、キスをして、愛していると伝えよう。
早く彼女の元へ行きたい。
そんな事を考えながら、彼女の墓まで向かうと、
そこには老人が立っていた。
墓に向かって丁寧に手を合わせている。
誰だろう、彼女の祖父だろうか。
いや、違う。
大分昔に亡くなったと聞いた事がある。
親戚?それとも仕事関係者だろうか。
老人の身なりはキチッとしていて、上下黒のスーツに金縁の眼鏡、真っ白な髪は丁寧にセットされていた。
いかにも裕福そうな老人だ。
僕とは正反対の人生を歩んで来た人なんだろう。
老人はこちらに気付くと、少しだけ微笑み、話しかけてきた。
「やあ、君も墓参りに来たのかい?」
「…は、はい…」
僕は高齢の割にしっかりとした輝きと力強さを宿した眼差しに、少しだけ後ずさった。
「ほっほっほ、そうか」
老人は僕を見て優しく微笑んだ。
目尻の皺に優しさを蓄えているような、温かさを感じる。
誰だろう、彼女とどういう知り合いなのだろうか。
「あの…」
「そうそう、これを見てくれ」
彼女との関係を聞こうと思った瞬間、
老人は焦茶色の皮の鞄から、何かを取り出した。
「ほれ、これを君にあげよう」
老人が手渡して来たのは、近未来なフォルムをしたゴーグルのような物だった。
突然なんだというんだ。
「…なんですか、これ…」
「VRゲームだよ」
「ゲーム…」
「新作なんだ、スマホのアプリをダウンロードして、このゴーグルと連動させればプレイ出来る」
そう言って老人はニヤリと笑った。
まるで子供が悪戯を企てるかのよう表情だ。
この歳でも、そんな顔が出来るのかと思った。
「スマホを貸してごらんなさい」
「え?」
「いいから早く」
急に急かされて思わずスマホを渡してしまった。
老人は慣れた手つきであっという間にアプリをダウンロードした。
いや、待てよ、スマホロックがかかっている筈なのに、どうしてホーム画面を開けたんだ?
そんな疑問にひたる暇もなく、老人は僕の手からゴーグルを取り、何やらスマホを操作をしている。
強引に連動されてしまったらしい。
「あなたが作ったんですか?」
「そうだよ」
老人は再び鞄をあさり、一枚の黒紙のカードのような物を渡してきた。
「これが私の名刺だ」
株式会社Seventh Level会長とエメラルドグリーンの文字色が確認出来るが、名前が記載されてない。
怪しすぎる。
「会長さん…なんですか?」
「そう、とても偉いんだ」
老人はまたもやニヤリと笑った。
「早速プレイしたまえ」
「え?ここで?」
「そうだよ、ほれ」
そう言って老人は持っていたVRゴーグルを僕にいきなり装着しようとしてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
老人はいかにも疑問を貼り付けたような表情をしている。
「こんなところでプレイするのは…そもそもまだやるなんて言ってないですし…」
そう言うと老人はみるみる悲しそうな顔をした。
「ダウンロードしたじゃないか」
「いや、それはあなたが勝手に…」
「遊んでみたくないのかい?」
「いや、そんな…とにかく今は…」
そう言った瞬間、老人は明らかに落ち込んだ様子になってこう言った。
「そうか…この歳になり、老いぼれても尚、人々に面白いと思って貰えるようなゲームを作りたいと、探求に探求を重ね、社員達にいくら煙たがられようが、腰痛を引きずってわざわざ社に出向き、ようやく完成したゲーム…発売前に誰かにプレイしてもらい感想を聞きたかったのだが…」
老人はチラリと僕を一瞥した後、目を合わせたままわざとらしくため息をついた。
そんな事言われたって、仕方ないじゃないか。
僕はこれから死ぬんだ。
死にに来たんだ。
なのにいきなり知らない人からゲームを渡されて、今すぐプレイしろなんて。
老人は相変わらず何度もため息を吐いている。
わざとだとわかっていても、さすがにいたたまれない。
「あ、あの…」
老人は無言でこちらを振り向いた。
悲しそうな表情はキープしたままだ。
「なんで、これを僕なんかに…」
「…」
「僕は…これから…その…」
何を言おうとしている。
初めて会ったばかりの他人に、
僕は何を告げようとしているんだろう。
「…僕は…」
僕が言い淀んでいると、老人は突然僕の目をジッと見つめた。
老人がゆっくりと僕に近づく。
「僕はこれから死…」
老人はVRゴーグルを僕にセットした。
「え?ちょっと…!」
「IDTIDT 」
「え?」
「頼んだぞ」
老人はそう言ってニカっと笑った。