7 来客
新天地での生活はレミリアにとって大変楽しく充実したものだった。生まれ故郷から離れて暮らす不安などあっという間に消え去り、日々良い思い出が上書きされていっている。
(し、幸せ過ぎて怖い!)
修行も仕事も順調だった。
「そうそう! そのコントロールが大事だよ~」
「おお! やるじゃん!」
ジークボルトもアレンも褒め上手だ。魔術は多種多様に存在し、簡単そうに見えても上手く発動しなかったり、難しそうに見えても相性がよくあっという間に習得できることもある。
2人ともレミリアの才能だけでなく、努力も含めて認めてくれた。それが彼女にとって一番嬉しいことだった。
ジークボルトの屋敷で初めてレミリアを見たベルーガ帝国の高官達は、面白いくらいの動揺を見せた。
「レ、レミリア様!? なぜここに!? え? ジークボルト殿!? まさか攫って!? さ、流石にそれはマズいんですが!?」
「ひどーい! 流石に僕も隣国の未来の王妃様を勝手に攫ったりしないよ~」
「既に婚約は破棄されておりますのでご安心ください」
どうやらあれから数週間経つにも関わらず、彼らの耳までそのニュースは届いていないようだった。
後で分かった事だが、レミリアが国外追放となった件は王命により箝口令が敷かれていた。王太子が勝手に『婚約者』の『公爵令嬢』を『着の身着のまま』魔物の森へ放り出したなど外聞が悪すぎたのだ。だが人の口に戸は立てられない。何よりその場にいた目撃者が多すぎる。帝国の一部はこの情報を得ていたが、まさかその当事者が自国の大賢者に弟子入りしているとは思わず、今回やってきた高官達まで伝わっていなかったのだ。
結局じわじわとこの醜聞は国内外へと広まっていった。
レミリアが帝国の高官達に詳細を説明すると、高官達は目を見開いて驚いている。
(いちいちオーバーリアクションね~まあ気持ちよく話せるけど)
これが彼らの情報を聞き出すやり方なのかもしれないとも考えたが、レミリアにとっては自分を捨てた国、それどころか殺そうとした国だ。義理立てする必要などないとペラペラと内情を話していった。
「レミリア様ほど完璧なご令嬢と婚約破棄など正気の沙汰ではありませんな!……おっと失礼!」
「過分なお言葉、ありがとうございます」
「スパイとか、そんなことは疑う必要ないからね~彼女の人格や人柄も含めて僕が保証します」
「いえ! 我々はそんな……いえその、わかりました」
大賢者を前に取り繕っても無意味だと彼らは知っているようだった。
「それでは我が国の第二皇子などいかがでしょう!?」
高官の1人が前のめりでレミリアに提案する。
「ダメ~!」
それをジークボルトが指でバツを作りながら即答した。
「イザイル殿下にはすでに婚約者がいらしたはずでは?」
レミリアは苦笑していたが、内心ジークボルトの反応がとても嬉しかった。
「それが婚約者であらせられたルヴィア様がお亡くなりになりまして……今回はその件で参ったのです」
実は昨年からこの国では妙な病気が流行っていた。回復魔法が効かないという奇妙な病気だ。その病気に罹った者は熱にうなされ、夢遊病のように徘徊し、体力のない者は死んでしまった。ジークボルトがいち早くその病気に効果のある薬を開発したため、すでに騒ぎは収束に向かっていたが、元々体の弱かったルヴィアは残念ながら亡くなってしまったのだ。
「イザイル殿下が、ルヴィア様にお会いしたいと……」
(今亡くなったって言ったよね!?)
レミリアは今この場で聞きたいことがたくさんあったが、ベルーガ帝国の高官達にジークボルトのことを何もしらないと舐められたくなかったので、さも当たり前です。といった風に頷いてみせた。
「わかりました。例のパーティもそろそろですよね? アレンを行かせますよ。あとレミリアも」
おまけのような扱いだったが、何やら帝都へ出張することがわかった。賢者のちゃんとした業務に携われると少しレミリアはドキドキする。
高官達を見送った後、ため息をついたのはジークボルトだった。
「僕勝手に断っちゃったけどよかったよね!?」
「第二皇子の件ですか? もちろんです。また婚約破棄されたらたまりませんよ」
「アハハ! そりゃそうだ。君ならすぐに自分の実力で権力を手に入れられるよ」
この国の第二皇子と婚約して、憎きアルベルトと対峙するという方法がないわけではないが、流石に婚約者を失って憔悴しているであろうイザイルを利用することはレミリアには躊躇われた。
(あの2人仲良かったから、辛いだろうな)
彼らとレミリアはマリロイド王国主催のパーティで話したことがあったのだ。レミリア達と同じく政略結婚だったが、お互いを気遣いあってとても素敵なカップルだったので印象に残っている。
そう考えた時、自分がアルベルトと別れて少しも辛くないことを思い出した。
「あいつ、本当にクソだったもんな~」
「お! 元婚約者の悪口かい?」
「そうです」
「いや~そしたら帝都に行くのが楽しみだねぇ」
そうしてジークボルトは愉快そうに笑いながら自室へ帰っていった。




