54 足元
レミリアは何と声をかけていいかわからなかった。今までどんな気持ちで、レミリアの『復讐』の話を聞いていたのだろうか。側で見ていたのだろうか。
「そんで俺も事故に見せかけて何度か殺されそうになったんだけど、運よく師匠に拾われたんだ」
魔物の森に置いてけぼりにされていたのを、たまたまジークボルトが助けそのまま弟子になった。このことを知っている人間は帝国でもごくわずかだった。
「師匠は最初、弟子をとるの嫌がったんだけどな。俺も生きるのに必死だったからよ~ごねたごねた!」
アレンは笑っていた。
「で、なんとか弟子にしてもらってさ。ヨルムのやつも一緒に面倒見てくれてたんだけど、これがまたスパルタでよ~」
少し開けたところに出た。まだ新しい焚火の跡がある。干し肉の切れ端も落ちたままだ。
「ヨルムのやつ! ちょっと魔術を覚えたら、また魔物の森へポーイだぞ!? そりゃ必死に攻撃魔術も覚えるわ!」
アレンの魔術の上達の秘訣はどうやら実戦経験からくるものらしい。
「アレン……」
レミリアはそっとアレンの手を握った。少し気恥ずかしさもあったが、でもきっと今話してくれている内容は彼にとって決していい思い出ではないはずだった。アレンもレミリアの手を握り返した。
「お前が……復讐するって言った時、少し心配だったんだ……俺みたいな、復讐したのにいつまでも後に引きずるような目にあうんじゃないかって」
「……先生とアレンがいなかったらそうなってたかも」
あの大賢者の屋敷はレミリアがほっと息をつける大切な空間だった。ただただ、悔しい、ムカつく、憎い、という感情だけで動いていたら、アレンのようにその気持ちを誰かに利用されたり、後味の悪い結果を迎えていたかもしれない。
「師匠が言う、好きなように生きるって難しいよな。復讐ってのに執着してやりたくもないことやって、後悔増やすなんて馬鹿みたいだ」
確かにスタートは復讐心だった。だがらゴールは復讐を成し遂げることだと思っていた。その為に恐ろしい相手と手を結び、やりたくないこともやった。結果得たものは、【父王の死】で、失ったものは【家族】だった。
「私、楽しくない復讐はしないことにしたの」
「あの元従者の金蹴りは楽しかったか?」
「まあね!」
そう言って2人で笑いあった。そのまま手は離さなかった。
「俺が魔石を集めてたのは、俺のせいで死なせてしまった家族をどうにか蘇らせられねぇかって考えたからなんだ。自分の過ちを無かったことにしたかったんだよ」
ズルいよな、と微笑むがそれがかえって痛々しい。
「でも、レミリアと一緒に過ごしてこりゃ違うぞって思い直したんだよな〜。皆、もしかしたらもう転生しちゃって、それぞれ頑張ってる最中かもしんねーし。そもそも皆が蘇りなんて望んでるかもわかんねーこと勝手にやるなんて、自分勝手にも程があるだろ?」
レミリアは否定も肯定もしなかった。ただ、アレンが覚悟を決めたように話を続けるのを聞いている。
「本当は師匠やレミリアみたいに、楽しく魔術を使ったり作ったりしたかったんだ。こんな魔術が欲しいって話してた内容、全部実現したい」
今度は、優しい笑顔だった。
アレンはずっと自分を責め続けていた。表向きこそ誰にも悟らせないようにしていたが、幼い自分の愚かさを呪い続けていた。だから、自分が幸せになる為の生き方を選べなかった。レミリアに会うまでは。
レミリアはこの時、ジークボルトと初めて話した時の事を思い出した。彼はあの時、魂の研究をしていると言っていたが、それはアレンの為だったのではないかと少し切なく、でも温かな気持ちになった。
「レミリアが師匠んとこ来てくれて助かった。危うくまた後悔するところだったよ。俺……」
◇◇◇
ユリアは地下に逃げ込んでいた。教会の祈りの間には地下につながる扉があったのだ。これは歴代の聖女しか知らない。まだ前聖女と関係がこじれる前に、もしもの時の為に教えてもらっていたことだった。
(大賢者様が来るまでここで待っとこーっと)
魔物にやられるなんて嫌に決まっている。自分だけは助かるつもりで、ユリアは地面にある隠し扉を開いた。
「くら~い」
教会の地下も、他と同じように迷路のような空間になっている。ユリアはあまり奥に行かないよう気をつけていた。迷ったら大変だ。今はいつものように助けてくれる人が近くにいるわけではない。しっかり食糧やナイフまで用意していた。1人で避難する準備は万端だった。
急に地面が大きく揺れた。古い地下空間はあっという間に天井や足元が崩れる。
「きゃあ!」
頭上から降ってくる石や土を避けるように、どんどん奥へと進んでいた。せっかく用意した食糧は結局持っていくことが出来なかった。
その揺れは長く続き、気が付いたら水が流れる通路に出ていた。もう戻ることは難しそうだ。
「最悪なんだけど~!」
聖女の声が木霊した。
◇◇◇
その地震が起こった時、アルベルトは1人、城のはずれにある地下牢にいた。ここは今はもう使われていない。地下牢から逃げ出そうと囚人が強い魔術を使うと、上にある建物ごと崩落する可能性があったからだ。
首の飛ばされた騎士団長の遺体は片付けられていたが、大量の血の跡は残っていた。
「カイル……」
カイルは単純だった。愛する女性が幸せならそれでいいと本気で思っていることをアルベルトは知っていた。アルベルトのことも、いい王太子だと信用してくれていたことも知っていた。
なのにアルベルトは裏でカイルを負け犬だと馬鹿にしていた。
(我ながら最低だな……)
カイルがまだユリアへの恋心を引き摺っていて、ユリアもそれを知った上でカイルに甘いのを知っていた。ただ嫉妬していたのだ。
アルベルトは最後まで自分達の近くにいてくれたカイルがいなくなっても探しもしなかったことを後悔せずにはいられない。
だがユリアはカイルがどんな目にあっているかわかっていた。その上でいつも通りに暮らしていたのだ。本当にいつも通りだった。それがどういう意味か、今のアルベルトには理解できる。だからこそこの事実は彼をさらに深い暗闇へと叩き落すのだった。
古い地下牢は囚人達の脱走を防ぐために入り組んだ場所にある。アルベルトは細い通路に血を引きずったような跡を見つけた。それはカイルが騎士団長の首を切り落とした時に使った剣を引きずったものだと見当がついた。
「どこいったんだよ……」
地震の後、アルベルトが城へ戻る為の道が塞がれてしまったが、彼はそのことに少しも動揺しなかった。そのまま導かれるように、血の跡をたどって進み始めた。




