46 家族
ディーヴァ公爵家が家族としてはもう終わっている共同体だということに気づいているのはレミリアだけだった。彼女は早々に家族になにも期待しなかった。だが、そうでない者もいた。
ロニーは目の前に広がる光景が現実かどうか理解できない。
目の前で、母親がいるはずの屋敷が炎に包まれている。
◇◇◇
ロニーの実母は、夫が牢に自ら入って行ったのを期に実家である男爵領へと戻っていた。
「あの人は何と言っているの!?」
「……あの……特に何も……」
公爵家から夫人の所へ戻った使用人は気まずそうに答える。
実家へ帰ったと言うのに、牢から出た夫は手紙1つ寄こさない。夫人は、夫が自分にたいして興味がないことは知っていた。幼い義理の娘を陥れようと夫にあれこれ吹き込んでいた時すら、面倒くさそうな顔をされて終わっただけだった。
(この人は家族に興味がないんだわ……)
その家族に自分と息子が含まれていることにはすぐに気が付いた。夫の興味は落ち目のディーヴァ公爵家を立て直し、国の中枢にその権力を食い込ませることだけだ。
息子が勘当された時は夫へ落ち着くよう、早まらないよう手紙を送りはしたが、王都へ戻ることはしなかった。
「公爵様は領地へお戻りになられたそうです」
「……そう」
結局一度も夫人に連絡もないまま、公爵は王都の屋敷を離れた。
「かなり憔悴なさっているようです」
「本当かしら?」
その原因が王と争ったためだとか、息子が実の姉を国から追い出した責任をとって私財を教会に寄付したからだとか世間からはアレコレ言われていたが、彼女はそれを信じなかった。
夫はきっと、野望を諦めることになってそれが辛くて王都に居ることが出来なくなっただけだろうと。
「奥様! 王都へ戻りましょう!」
男爵領は小さいが、王都と魔物の森のちょうど真ん中に位置していた。相次ぐ結界に大穴があいたという報告に使用人たちは怯えていた。
「嫌よ」
(あの人が迎えに来るまで帰るものですか)
夫人は意地になっていた。どうしても夫に自分が必要だと思ってもらいたかった。
『あの女が生きていたら』
事あるごとに彼女の夫が呟いていたのは、死んだ前妻のことだった。前妻のことも決して愛していたわけではない。前妻の実家である公爵家の財産と肩書きが彼には魅力的だった。
男爵家の娘という遊び相手を妊娠させ、世間体から正妻にするも、彼の出世には何も旨味がなかった。しかもそのせいで前妻の実家から批難され、関係が悪くなっていた。
(もう私しかいないのよ!)
それに気が付いて欲しかった。せっかく持ち直していた公爵家は今はまた落ち目だ。公爵家どころかこの国だってどうなるかわからない。そんな状態の時に側にいるのは自分だと、側にいて欲しいのは今の妻である自分だと思って欲しかった。
◇◇◇
「ロニー様が来週いらっしゃるそうですよ!」
侍女が久しぶりの嬉しい報告だとにこやかに告げたが、夫人の表情は曇ったままだ。
(あの子じゃ意味ないのよ!)
散々ロニーの不出来を、本人からも夫からも責められて暮らしてきたのだ。自分の息子を愛してないわけではなかったが、特別会いたい人物でもなかった。
「勘当の件をまた私のせいにされたらたまらないわ……」
彼女は誰に言うでもなく呟いていた。
ロニーは母親にきちんと謝罪をするつもりでいた。姉に謝罪をした時と同じくらい緊張していた。ほとんど八つ当たりのように母親を責め立てたことを酷く恥じていた。許してもらえなくても、もう二度とそのような発言はしないということだけでも伝えなくては。
また男爵領近辺で、水不足や魔物の侵攻によって親を失った子供達を王都へ連れて帰るつもりでもいた。公爵夫人の父親、ロニーの祖父はとても孫を可愛がっていたので、ロニーからの願いにすぐに応え、周辺から親を失った子供達を集め、屋敷の一部を開放してくれていたのだ。
ロニーの元に連絡が入ったのは、男爵領が壊滅状態になった後だった。
「魔物が迫っております! 今すぐお逃げください!!!」
彼と志を同じくして付いてきてくれた従者の言葉を無視して、ロニーは1人馬にまたがり走った。魔物はどうやらロニー達がいる方には進まなかったようで、道中鉢合わせすることはなかったが、男爵領から少しでも離れようと王都の方向へ逃げていく人々の群れとすれ違った。
「は、母上! 母上ーーー!!!」
炎によって屋敷が崩れる轟音でロニーの叫び声がむなしくかき消される。屋敷の周りには魔物に食べ残された人間だったものが無残に横たわっていた。
ロニーはもう二度と、母親に許しを請うことが出来なくなった。




