2 醜悪
アルベルトの口から語られたレミリアの醜悪さとはこうだ。
「ユリアの成績に嫉妬し、彼女の教科書を破って捨てた」
「ユリアの人柄に嫉妬し、悪い噂を流した」
「愛らしいユリアに嫉妬し、俺が送った彼女のパーティドレスを切り裂いた」
等々である。予想以上の低レベルな虚言の並べ立てに学生の一部は呆れ顔だ。学生達はわかっている。この断罪イベントがただの茶番であると。ただ王太子アルベルトが次期聖女ユリアをモノにしたいが為に婚約者を貶めていると。
「何か証拠がおありですか?」
「ふん! ユリアのこの美しい聖なる涙こそが証拠だ! 彼女は未来の聖女だぞ!」
ヒロインは在学中に聖女として覚醒したのだ。ここに居るユリアもしっかり聖女覚醒イベントをクリアし、無事次期聖女としてのポジションを得ている。
「聖女だから嘘をつかないとは限らないと思いますが」
「酷い!」
ユリアはアルベルトの胸の中でシクシクと泣き始めた。
「未来の聖女に対してなんだその物言い! 不敬だぞ!」
取り巻き達が憤る。そうしてレミリアはもう一度大きく息を吐いたのだった。
(あーもうどうでもいいわ)
「殿下との8年間がなんと無駄な時間だったことか」
「はっ! 相変わらず可愛気のないやつだ。泣いて謝れば修道院送りくらいにしておいてやったのに」
そう言いながら兵士達を呼び寄せていた。
「こいつを今すぐ国外追放しろ! 魔物の森に放り出してやれ!」
「それには及びません」
そう言ってレミリアは高らかに指笛を吹いた。するとすぐにパーティ会場であった学園の大広間の窓ガラスがガタガタと揺れ、バシャーンと大きな音を立てて割れ、バラバラとガラスが降り注ぐ。
「飛竜!!?」
「キャーーーー!!!」
1匹の竜がレミリアの側に降り立ち、広間が大騒ぎになった。レミリアはその真っ白な竜に跨ると、颯爽と学生達の頭上を飛び上がる。
「すごい!」
恐ろしいだけではなく、美しく、神々しいその竜の姿をみて、学生達から畏怖と感嘆の声が上がっていた。
「では皆様ご機嫌よう! ちゃんと国外へ出ますからご心配なく!」
飛竜の羽の音で聞こえないと悪いと思い、レミリアはわざわざ大声で叫んだ。令嬢にあるまじき姿だがそんなことは今更触れられはしないだろう。
「貴様! どういうつもりだ! どうやって飛竜を調伏した!? 答えろ!」
(まーたあのヤローは偉そうに!)
現状を理解していないのか、こんな時でもいつもの調子だ。この場にいる人間が目を見開いて驚いているのは、飛竜のような高レベルの魔獣を使役するのは非常に困難なことだからである。
「うるせぇ! 教えるわけねぇだろバーーーーカ!!!」
「んなっ!?」
王太子である彼にとって、この世界で一度たりとも聞いたことがないであろう言葉使いだった。しかもそれが彼の元婚約者の口から発せられているとは、とても信じられない。
「まあ教えた所でてめぇの能力じゃ100年頑張っても出来ねぇよ! このボンクラ王子!」
アルベルトの顔が真っ赤に染まる。彼の人生でここまで他人に馬鹿にされたことはない。
「許さん! 降りてこい!」
「てめぇがここまでこいや!」
そう言って煽るように、アルベルトの上をくるくると飛び回った。彼には竜の元へ行く力もなければ、竜を撃ち落とす魔術も使えない。
「王太子の実力ってその程度~?」
アハハと馬鹿にした笑い声を上げた後、
「真実の愛だけで国を守れると思うなよ!!!」
と、指をさしてこれまた馬鹿にしたように上から見下した。
「ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁ!」
アルベルトは体を震わせるほど怒りながら大声で叫ぶが、レミリアは楽しそうに大笑いしながら飛び去っていった。
「ばいばーい!」
(あースッキリした! もっと早くこうすればよかった!)
レミリアは前世の記憶が戻ってから初めてこんなに気分がいいことに気がついた。彼女はついにゲームから飛び出し、本当の自由を手に入れたのだった。




