第五話
アリデットは自身がランベールの気を引く努力も怠らなかった。
ランベールは人当たりの良い人格者であると周囲は思っている。だがそれは、ランベールが他人に敢えて与えている印象にすぎない。本当のランベールは温かな微笑みの下に、常に張り詰めた顔を隠している。
それに気づいたアリデットは、ランベールの日常に少しでも色をつけようと考えた。強引に厨房を借りては得意のお菓子を作り、差し入れる。庭園で育てた美しい花々を質素な執務室にこっそり飾る。すると、
「アリデットの作るお菓子は私を癒してくれる。君の優しさがそのまま形になったようだ」
「鮮やかで薫り高い花の数々は荒みそうな気持ちを和らいでくれる。だけど、可愛らしい君がいつも隣にいてくれるようで執務に集中できなくて困る」
ランベールは度々アリデットを喜ばせる言葉をくれる。お返しにと高価な贈り物をしてくれたりもする。伯爵家の娘でしかなかった頃のアリデットは宝石なんてほとんど身に着けたこともなかったのに、気づけば毎日違うアクセサリーを着けられるくらい宝石箱がいっぱいになってしまった。
だがそれは上っ面の態度でしかない。言葉通りの感情が乗っていないことはアリデットも気づいていた。
それでもアリデットはランベールのために尽くし続けた。
ランベールの気持ちをどれだけ動かせたかは定かではないが、そうした生活を過ごす内にある変化が訪れた。
「アリデット様は、諦めるということを知らないのですか」
「私は私のやりたいことをやりたいようにするだけよ?」
「……やっぱり、あなたは素敵な方ですね」
アリデットが気まずさから距離を取っていた人物、ヤヒーアが話しかけてくるようになったのだ。初めは少し攻撃的な態度が見受けられたものの、アリデットの行動原理を知ると二人はすぐに親しい友人になれた。
アリデットは幼い日に亡くした母親の教えを信じていた。
自身の中にある優しさを疑ってはいけない。
信じ、行動に示し続けることが、自分を育てることにも繋がる。
そしていつか記憶の中にだけ残る、聖母のように人々に笑みを与えられた母のような女性になりたい。それがアリデットの人としての在り方だった。
ヤヒーアも心からランベールを慕っているおかげか、二人の仲は日々深まっていった。長年ランベールの側近として過ごした彼女から得た情報で、ランベールの行動や選択から好みを探り、彼を驚かせるような贈り物をすることが二人の遊びだ。
柔らかな微笑みと厳しい軍人のような顔を使い分けるランベールだが、未知の物に触れた時だけ、わずかに素の表情を見せる。
完璧だと思えた人間にも隙はある。それを知れたことで、アリデットは少しだけランベールに近づけた気がした。