第四話
「うう~、お腹いたい……」
「アリデット様、お薬をお持ちしましょうか」
「心配してくれてありがとう。でも……今日は一人にしてくれる?」
心配そうな顔をした侍女を部屋から追い出した。
宮殿に来てから一年が経った。努力の甲斐もあり、笑顔を絶やさぬ聖母のように明るい王妃と認められはじめたアリデットだったが、月に一度顔が曇る日が来る。
侍女の誰かが密告しているのだろう。月の物が来てから15を数えた夜にのみ、アリデットはランベールの寝室に呼ばれるのである。
以前は淡い恋心を抱いた相手だったのに、そのたくましい腕に抱かれることは誰もが夢見る幸せだと信じて疑わなかったのに――今は苦痛の方が大きくなりつつある。
寸分たがわぬ速さで軋むベッドの音、息遣い、その単調な音の羅列は夜が永遠に開けないのではないかと思わせる。処女を失ったのはもう随分前だというのに、未だ朝にはシーツに朱い染みがあった。終わるまでにかかる心も体も乾いてしまうほどの長い時間は、アリデットの腹の底に痛みとしこりを残す。
「だけど私を労わってくれているのも事実なのよねぇ……あのランベール様に限って、実は下手なだけってわけじゃないだろうし、そんなこと聞けないし……」
愛のない行為は苦痛だ。それでもアリデットはランベールを嫌いになれなかった。
ランベールは子も快楽も求めていない。過激と言えるほど王妃に子を望む勢力からアリデットを守るために抱いているのだ。そもそもアリデットにとっては、少女だった頃からずっと憧れだった相手でもある。
そして一年も同じ行為を繰り返していれば、まったく理解できなかった相手の心情も少しは見えてくる。
「本当のところ……ランベール様は私をどう思っているのかしら。私だって見た目に自信がないわけじゃないのに……」
鏡に映るのは自分の顔。宮殿のごはんが美味しすぎるせいで、少しぽっちゃりしてきた気がしないでもないが愛嬌のある可愛らしい顔立ちだ。体型についても周囲からは「これくらいの方が元気な世継ぎを産める」と褒められている。
嫌われてはいない。むしろ好かれている方だ。だがこれまで致してきた行為を思い返すと、情欲をぶつけられているとは思えない。しかし同時に、ランベールの瞳の奥には、アリデットに対する贖罪以外の感情が込められている。何か幼さのようなものが見え隠れしている気がしていた。
ランベールのアリデットへの気持ち――ひとつ確信をもって分かるのは深い贖罪だ。初夜に言った様に、ランベールは独りで生き、独りで死ぬつもりだったのだろう。
「だけどどうして……? 望めば何でも手に入るのに、どうして……あれ?」
と、口にすると更に疑問が生まれた。
この一年、アリデットは隣で完璧な王を見続けてきたが、ランベールは女性だけでなく何かを望んだことがないのだ。国王としてやるべきことを望んでいるだけで私心や私欲というものを感じたことがない。
季節が一巡りして王妃の生活にも慣れてきた。こうなるとアリデットの行動は早い。
ランベールの本当の気持ちが知りたい。
なによりこんな色のない結婚なんて認めたくない。
そのためにすべきことは、ランベールという人間を理解すること。この結婚を仕組んだ者達を探り、真意を問いただすことだ。
ランベールが初夜に漏らした言葉を信じるのなら、一番に話をするべきは王弟ベルヌである。しかし、ベルヌは王宮に来た初日以降、公の場でしかアリデットに近づこうとしなかった。
そこで今度はベルヌが口にした最後のヒントを探る。初めて宮殿に来た日に言っていたヤヒーアという人物。この者がベルヌに何らかの影響もしくは助言を与えたようだった。
この国で聞く名前ではない。一体何者か。
侍女達に聞いてみるとすぐにその人物は判明した。南で暮らしていた少数民族の生き残り。戦禍で故郷を失い難民となり、ランベールに拾われた孤児だという。そして今はランベール付きの侍女をしている。
ヤヒーアは女性だったのだ。
その情報はアリデットに二の足を踏ませる。
「まさか……愛人じゃないわよね?」
ヤヒーアは拾われた時、戦争で家族を失っただけでなく、体に深い傷を負っていたという。ひどい噂になると子を宿す胎を失っているとも。
仮にその噂が真実ならば、本命の愛人を優先するために正妻を娶ろうとしなかったことも、ヤヒーアを気遣って子を持とうとしなかったことにも納得できてしまう。
アリデットの頭の中には、不安と嫉妬がぐるぐると渦巻いていた。