9 勝者
「で、一応確認しておきたいんだけど、此処ってウィザード達の基地……えーっと、異界管理局って事で良いのか?」
「当然そうなるの。事が事じゃ。普通に病院に搬送という訳にもいかないじゃろう」
「だな……で、ユイ。ウィザードの人達は……」
「あ、そうじゃ。鉄平が目を覚ましたら呼ぶように言われとるんじゃった。えーっと確か……これじゃ」
ユイはベッドの近くに設置された、ナースコールのようなボタンを押した。
「これで誰かしらウィザードが来る。本当は二人で話したい事もまだあるのじゃが……頼まれた事はちゃんとやらないと」
「素直で真面目だな改めて。どこが世界征服に来た侵略者だよほんと」
「ほんとじゃよな。今じゃこうして世界を守る正義の味方からのお願いに従っておる」
「じゃあ実質正義の味方じゃん」
「ワシが大正義じゃ……」
そう言ってご満悦にドヤ顔を浮かべるユイ。
……色々起きる前と同じように明るく元気そうで良かったと、肩に力を抜いたそんな反応を見てそう思う。
そう思ったから……少し気になって聞いてみた。
「そうだユイ。お前俺が寝ている間、体調大丈夫だったか?」
「体調? ワシのか?」
「ああ。俺からまともに生体エネルギーとかいう奴の供給を受けられていないから、お前は最初ぶっ倒れてたんだ。似たような事とかが俺の知らない内に無かったのかなって」
「言ったじゃろう、良い扱いをしてもらったと。鉄平が最初にしてくれて知れたように、ワシは食事を取る事でも最低限のエネルギーを確保できる。流石に昨日の昼は鉄平が心配で何も喉を通らなかったが流石に限界が来ての。昨日の夜に一杯食べさせてもらった」
「……そっか。良かったじゃん」
まあ今こうして元気にしている時点で察する事は出来たが、ちゃんと言葉で聞けると安心の度合いが違う。
「ちなみに何食べたんだ」
「カレーライスとやらじゃ。此処の食堂の人気メニューらしいのじゃがめっちゃうまいぞアレ。鉄平も機会があれば食べた方が良いと思うぞ! オススメじゃ!」
「機会があればな」
多分所謂社員食堂的な場所で食べたのだろうけど、果たしてウィザードでも無い自分がそこを利用する機会があるのだろうか?
……まあユイが居る以上、彼女と契約を結んでいる自分が此処の人達と無関係で居られる筈が無くて、きっと嫌でも関わっていく事になるだろうから、そういう機会もあるかもしれないけど。
そう今後共、きっと自分達はウィザードと関わっていく事になる。
(そうだ……これからどうなるんだ。ウィザード達は止まってくれた。だから今こうしてユイは生きている。でもこの先は一体……)
死ねばきっとそれで終わりだ。
だけど生きていれば考えられる可能性は多岐に渡る。
……まさかあれだけの力を持つ、本来殺害しなければならない相手を完全に自由にするなんて事は、流石にする筈が無いだろうから。
だから一件落着なように思えても、少なくともあの一件に関わっていた人達がユイの味方をしていてくれていても、まだ完全に全部終わったと気が抜けるような状況ではない訳だ。
「なんか朝ご飯も頼んだら食べられるそうじゃからの……今度は隣で柚子と神崎が食べておったラーメンとやらを食べるのじゃ」
「朝から重くねぇ?」
「……重い? 確かに水分がたっぷりで重そうじゃったが」
「物理的な話じゃねえよ。あと神崎って誰?」
「なんか身長高い奴じゃ」
「誰ぇ……」
まあウイザードの人なんだろうけども。
と、そんなやり取りをしていた時、部屋の扉が静かに開く。
そこに現れたのは、知っているウィザードの男。
「良かった。目を覚ましてくれて安心しましたよ、杉浦さん」
あの場で戦いを終わらせてくれた篠原が、玄関で対峙した時のような丁寧な口調でそう言いながら歩み寄ってきた。
「あ、どうも。えっと、篠原さんで良かったですよね」
「ええ、合ってますよ。その様子だと戦闘のダメージで記憶が飛んでいるような事も無さそうだ」
本当に安堵するようにそう言った篠原は、ベッド近くに来た所で立ち止まり言う。
「とはいえ致命的なダメージが無かっただけで、我々はあなたに決して軽くない傷を負わせている。その事を異界管理局北陸第一支部を代表して謝罪させてほしい」
そう言って深々と頭を下げる篠原に対して、鉄平は慌てて言う。
「ちょ、良いですって頭なんて下げなくても。あの場で篠原さん達ウィザードがやっていた事は絶対間違いでは無いんですから。それにほら、あのダメージ負ってなきゃ俺止まってませんよ」
鉄平に止まる意思は無かった。
それでもユイからストップが掛かる程に大きなダメージを負ったから、結果的に鉄平は止まった訳で。
そういう意味では思い出したくない程の強力な一撃を放ったポニーテールのウィザードが負わせてきた一撃は一応肯定的に受け止められる。
一応だが。もう絶対に喰らいたくは無いが。
そして鉄平の言葉に、篠原は頭を下げたまま言う。
「だがそもそも最初からこうしておけば、あなたはその怪我を負わずに済んだ」
「ウィザードが最初からこの状況に持ってくような人達だったら、今頃世界ヤバい事になってるでしょ。あの場で謝らなければならないような事をしていた人は俺や篠原さんを含め誰も居なかった。とりあえずそれで良いじゃ無いですか」
「…………そう言って頂けると助かります。優しいですね、あなたは」
そう言って、ゆっくりと篠原は頭を上げる。
「そりゃあの状況でワシを助けるような奴じゃからのう」
そう言って何故か胸を張ってドヤ顔を浮かべているユイの事はひとまずおいておいて、鉄平は安堵する。
(良かった、この人止めないと本当にずっと頭下げてそうだからな)
それだけ真面目な印象が感じ取れる。
……だからこそ。
「……でもなんで篠原さん達は止まってくれたんですか。なんでユイを殺さないでくれたんですか」
それだけ真面目な印象を感じさせる篠原が、どうしてあの場で手の平を反してくれたのだろうか。
その問いに篠原は言いにくそうに少し間を空けはするものの、やがて近くの椅子に腰を下ろしてから答えてくれる。
「あれだけあなたの言葉を否定しておいて言えた事ではありませんが、結局感情論ですよ」
「……ほんとですか?」
玄関先で対峙していた篠原というウィザードは、そういう事情では決して折れたりなどしない印象が有ったが……彼は静かに頷く。
「ええ。ユイさんを守ろうとするあなたを見て。あなたを守ろうとするユイさんを見て。それ以上先に進めなくなった。私が責任から逃げだした結果、あの場で部隊を止める命令を出した。本当に合理的な理由なんて何も無いただの感情論ですよ」
どこか自虐するようにそういう篠原だが、それでも真っすぐな意思を鉄平に向けるように言う。
「そんな風に感情論で動いてはいけない相手を動かす土台をあなたが作ったんですよ杉浦さん。あなたがもしどこかで反撃をしていたら、最終的にどんな判断を下していたかは分かりませんから。いや、多分こうはならなかった。ユイさんの話を聞く状況にすらなっていなかったかもしれない」
だから、と篠原さんは言う。
「止まってくれた、なんて言葉はちょっと違います。私は止められた。殺せなくなった。私がユイさんを生かしたのではなく……あなたがユイさんを守ったんです。誰一人として掠り傷も与えなかったあなたが勝ち取った勝利ですよ」
「そうですか……俺が勝ち取った、ね」
噛み締めるようにそう呟き、その言葉を受け入れる。
受け入れるが……そのまま鵜呑みにするつもりは無い。
(全員で勝ち取ったの間違いじゃねえかな……この人真面目だし話拗れそうだから言わねえけど)
きっと篠原が下した選択も逃げなんかではない。
彼が選んだその大きな選択を逃げなんて形で受け入れてたまるかとも思う。
だから勝者は自分だけではない。
あの場で一切反撃をしなかった自分も。
自分の命を顧みずに動いてくれたユイも。
あんな冗談みたいな力を前に、こちらを殺さない配慮をしながら戦ったウィザードも。
この現状を選んだ篠原も。
全員がこの勝利に一口噛んでいる。
故に誰が勝者かという話になればきっと……あの場に居た全員が一人残らず勝者になる筈だ。
そう考えながら、相変わらずドヤ顔を浮かべているユイに視線を向ける。
(そうなる筈だ。だろ、ユイ)
彼女のこれからの行動が、その考えを現実にしていくのだ。




