世界で二番目の告白
「好きです、付き合ってください!」
紋白蝶が踊りだすような天気の放課後。屋上に呼び出された俺は、女友達から告白された。
彼女の名前は、陽向。名は体を表す、というが、こんなにも名前の通りの女の子を、俺は見たことがない。陽気、天真爛漫、ポジティブ、快活。どの言葉でも、彼女を表現している。
容姿も、かなり素敵な女の子だ。ギラギラとして生命力に溢れる大きな目に、整った顔立ち。透明感のある栗色のウェーブヘアが、とても彼女に似合っている。健康的な褐色の肌に、抜群のスタイルも相まって、どんな男子にも人気がある。ギャルってわけではないが、その”チャラさ”がとても接しやすく心地が良い。
そんな最高の女の子が、自分と恋人になりたいって言っている。男として、最高な出来事だ。今も、その制服を着てもわかる胸の膨らみと、しっとりと湿った瞳を見て、クラクラする。
だけど、俺は、
「ごめん。陽向とは付き合えない」
そう答えた。告白されて嬉しいに決まっているし、今も心臓がドキドキいっている。目の前の景色がいつもより色味がかっている。今すぐに飛びあがって、踊り出したい気分なのだ。
けれど、俺は、陽向と付き合わない。だって、俺は……
「わかってる。美恋が好きなんでしょ」
世界が止まったような気がした。そして、自分の顔がかーっと赤く染まるのを感じた。マグマを流し込まれたみたいに、顔がとんでもなく熱くなった。
「え、なんで、おま、それを知ってる?」
「わかるってば。好きな人の好きな人くらい。だって、毎日見てるもん。言わせないでよー」
きゃっと言いながら、頬に手をあてる。お前、この状況でもボケられるのか。
てか、そんなにわかりやすかったのか、俺は。
そう、俺はある一人の女の子に恋をしている。
その女の子の名前は、美恋。天真爛漫で明朗な陽向とは対照的に、静かで穏やかな女の子。本が似合いそうな女の子。メガネはかけていないけれど、しかしそのあまりにも整った顔立ちに、みんなが惹かれる。化粧水でも入ってるのかって思うくらい、とぅるっとぅるの黒髪に、ぱっちりとした瞳。白波のような透明感のある肌に、ガラス細工のように儚くてほっそりとした身体。
清楚系女子。巷にそういう言葉があるが、その言葉はきっと彼女のためにあって、そしてきっと彼女はその言葉のために産まれてきたんだ。そんな女の子に、俺は恋をしている。
「でもさ、お前と美恋ちゃんって……」
「そう、幼馴染だよ。今も続いてる唯一無二の親友。目に入れても痛くない、そのくらい大切な友達」
キッパリと言い切る陽向。あまりにもカッコいいセリフだった。とても男らしくて、眩しい。
「じゃあさ、なんていうか、その……なんで、俺に告白したんだ? 俺が、美恋ちゃんのことを好きだってこと知ってて」
俺がそう言うと、「うーん」と言って細い指先を唇にあてながら、話し始めた。
「こんな私だって、私が好きな男の子が私の大切な幼馴染だった時は、それはショックだったよ。美恋のことを嫉妬して恨んだりもしたし、そんな美恋にデレデレする私の好きな人のことを嫌いになったりした。そんで、そんな想いをする醜い私のことを、一番、私は嫌いになったりもした」
軽いテンションで話しているが、それは人間のもっとも内側にある”本音”だった。人には見られたくないし、決して知られてはいけないものだった。それを堂々と話せるのは、彼女の人間としての強さだった。
「けどね、ある時、っていうか昨日なんだけど、ふとさ、そんな人生嫌だって思ったの。大切な親友に嫉妬する生活も、好きな人を憎む毎日も、自己嫌悪に陥る日々も、全部が嫌だって思ったの。だから、私はあなたに告白した」
真っ直ぐな瞳がこちらを見る。爛々とした瞳だった。こんなにも美しくて、生命力のある瞳を、俺はいまだかつて見たことなかった。
「陽向の言いたいことはわかった。でも、俺は、やっぱり美恋が好きなんだ。だから、その告白は受け入れられない」
その瞳から目を逸らすように、俺は言う。言い訳がましく、おもちゃを壊し、隠す子どものように。
そんな俺を見かねてか、陽向は俺が触れてほしくないところにずけずけと入ってきた。
「美恋には彼氏がいるのに?」
「……」
そう、俺が世界一好きな人には、彼氏がいるんだ。一個上の先輩。カッコよくて、優しくて、頭がよくて、運動ができて、背が高くて、そんな完璧超人みたいな人だ。そんなハイスペックな二人が恋人同士で、うちの学校の代表的なカップルとして有名だ。
俺なんか、足元に及ばない。俺は、美恋ちゃんにとっては、ただのクラスメイトAなのだ。それがたまらなく悔しいんだ。身がちぎれるほど悔しいんだ。自分が世界一好きな人が、自分のことを好きになる。ただ、それだけでいいのに、叶わない。何度もこの恋心を諦めようと思った。それでも、諦めきれなかった。
「……そうだ、彼氏がいてもだ。それでも、彼女のことが好きなんだ。しょうがないだろ」
吐き捨てるようにそう言った。
「だからこそ、私と付き合った方がいいじゃん」
「……は?」
聞き間違いだと思って、もう一回聞き直した。
「私と付き合えば、美恋と会う機会がグッと増えるよ。それに、私はね、美恋のことをなんでも知ってるんだよ。好きな食べ物も、どこに行くのが好きか、スリーサイズも、全身のほくろの位置まで。なにせ、幼稚園の頃から一緒にいるからね」
「……つまり、俺の恋を応援すると? 俺のことが好きなのに? 付き合いたいのに?」
「まあ、協力はしてあげるよって話。けど、勘違いしないでほしいのは、私は全部手に入れるってことだよ。美恋の友情も、あなたの愛情も、私の恋心も、全部欲しい。そのための最適解が、あなたの恋路を応援する代わりに、私と付き合うこと。それも真剣に。偽物の恋人とかじゃなくて、正真正銘の。でも、美恋のことを好きなままでいいよ」
キラキラとして、ギラギラとしたセリフだった。それはもう、世界遺産のような壮大なものを見た気がした。うまく言葉にできないくらい、感動を覚えた。そして、彼女は陽の下で笑っていた。
「イカれてるよ、お前……」
思わず、笑いながらそう言った。そう言うしかない提案だった。
その返答に満足したのか、にーっと笑って、
「だからさ、世界で二番目に最高な恋をしようよ!」
と、陽に照らされて両手を広げながらそう宣言した。
ふっと笑いが溢れた。つまりは、俺は今まで通り好きな人に振り向いてもらうように頑張ればいい。そのためのアドバイスをしてくれると。でも俺のことが好きだから、恋人になってほしいということか。いくら反芻しても、納得はしてないし、理解はしてない。とても不道徳だと思うし、非倫理的だ。
でも、なんか知らないけれど、これにイエスって答えれば、人生が変わる気がした。好きな人には好きって言えなくてもどかしい日々とおさらばできる気がする。
いつだって人生が変わるのは、こういう”きっかけ”だ。人生なんか、全然過ごしていないけれど。
だからこそ、あとはもうノリと勢いでなんとかしよう。俺があまりにもクズすぎるとか、どうやって美恋ちゃんにアプローチしようとか、全部今は考えなくていい。
だからこそ……
「よろしく、俺の2番目に最高な恋人」