グラス
私には、お気に入りのグラスがある。
随分昔に、娘と一緒に子供会のイベントで作ったガラスのコップ。
透明で、水色とマリンブルーの模様が入った、やや重たいグラス。
夏、たっぷり氷を入れてサイダーを注ぎ、ぐびぐびと飲み干した。
夜、大きなロックアイスを一つ入れて、お気に入りのお酒を入れてちびちび飲んだ。
グラスを見るたびに思い出す、キラキラとした日々。
サイダーを飲まなくなって、久しい。
お酒を飲まなくなって、随分経った。
今、私は、グラスに水道水を注いで、薬を飲む。
若くて健康そのものだった時代は終わり、身体に薬を与えて癒すことが必要となったのだ。
自力では回復しない体をサポートするため、薬が不可欠となったのだ。
苦い薬を、お気に入りのグラスで飲む。
グラスの水を飲み干すとき、天井のライトがキラキラと光って見えるのが好きだ。
飲み干したグラスをあわあわのスポンジで洗って、布巾で雫を拭うのが好きだ。
ピカピカになったグラスを、戸棚の定位置にそっと置く瞬間が好きだ。
手作り感の溢れる、クールなくせに温かみを感じるグラス。
キラキラと輝く、思い出の染み込んだ重みのあるグラス。
どっしり構えたような、ちょうどいいサイズのグラス。
今から薬を飲むのだという、意気込みをもらえるグラス。
お腹を壊した時も、アレルギーを起こした時も。
頭が痛くなった時も、風邪を引いた時も。
血圧が上がった時も、めまいがした時も。
薬を飲む時専用のグラスとして、活躍してきた。
このグラスで飲めば、薬が効いた。
このグラスで飲めば、良くなった。
私にとって、このグラスはマジックアイテムなのだ。
いつまでも使っていきたい、お気に入りのグラス。
いつまで使う事になるのか、わからないけれど。
……大丈夫。
私は、大丈夫。
必ず 、薬は効くはずだから。
私はグラスの水をゴクリと飲み干し、そっと…目を閉じた。