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「ただいまー。」
僕は扉を開けて中に声をかけた。
「今日仕事でやらかしちゃって、遅くなっちゃった。代わりに弁当買ってきたよー。」
そういって、ビニール袋を戦利品のように持ち上げる。
返事はない。
僕は靴を脱いで部屋に上がった。
リビングの扉を開けると、ベッドで眠っている黒い物体が目に入った。
クロである。
「なんだ、寝てたのか。」
僕はベッドの横に行き、体をかがめて膝を抱えるような姿勢でクロを見つめた。
気持ちよさそうに眠っている。
見た目として形容するならば、大きなおはぎがベッドにのっかっているような、そんな状況だった。
そのほほえましい(?)光景を見て、ふと衝動にかられた僕は、人差し指をピンとたてて、そのまま腕をクロの方に伸ばした。
ぷにぷに。
ふにふに。
クロの(見た目ではどこが正面なのか分からないがおそらく)ほほの部分をつついてみる。
すこしだけ、ひんやりして気持ちいい。それに、不思議な弾力がある。
昔、子供のころに科学の実験かなにかで作ったスライムを思い出す。
「...」
クロは眠っているのか、指でつつかれてもほとんど反応を見せない。
こうして無防備な姿を見ているとクロに対して不思議と愛着がわいてくる。
ずっと見ていたくなるような。
ずっとこうしていたくなるような。
こいつさえいれば、もう他のものなんて-。
と、いかんいかん。ついつい変な方向に思考がいってしまった。
もともと丸くて小さなものには目がない僕だけれども、いくらなんでもそれは行き過ぎだ。
どうにもクロと一緒にいると愛着が湧きすぎてしまう。
まぁいままでペットなんて飼ったことなかったし、その反動だろう。
僕は改めてじっとクロを見る。
そういえば。
クロってこんなサイズだったっけ。
なんか前はもうすこし小さかったような。
「うー。」
と、クロが目を覚ましたようだ。
つぶらな目をしばらくぱちぱちとさせ、少し辺りを見回した後、こちらに気づいた。
「あ、おかえりー。」
とクロが言った。
「ただいま。」
「おなか減った。」
「だと思った。弁当が買ってあるから食べな。」
「お弁当?」
「うん、クロがすきな唐揚げ弁当。」
「やったー。」
そういってクロはビニール袋に飛びついていった。
その様子にほほえましいものを感じながら、僕は空いたベッドに倒れこむ。
最近、仕事の疲れからか夜はすぐ眠たくなってしまうのだ。
あまりよく眠れていないのかもしれない。
そろそろベッドを変える頃だろうか。
昼間仕事している時も、すこし意識がぼーっとしてしまうことがたびたびある。
今日もそれでひどい目に。
...あれ、なにがあったんだっけ。
なんだか。思い出せない。
まぁいいか。どうせ思い出したくもないようなことだったんだろう。
さっさと寝て明日に備えよう。
明日はいい日になりますように。
そんなことを思いながら、僕は目を閉じた。