1
夢を見ていた。
それが一体どんな夢だったのか今となってははっきりと思い出すことはできない。
しかしなんだか懐かしいような悲しいような。
忘れられない、忘れてはいけないような。
そんな気持ちになる夢だった。
そんなことだけは覚えている。
目が覚めて、最初に気づいたことは自分が泣いていること。
そして次に気づいたのは、目の前に黒い物体がいることだった。
ゼリー状の、黒い物体。
大きさはコンビニのビニール袋ぐらい。
そいつは僕の布団の上に覆いかぶさるようにして鎮座していた。
「...おはよう、クロ。」
僕は声をかける。
「...uaa..」
とその黒い、小さな物体は答えた。
「答えた」と書いたけれど、この物体が本当に僕の声に答えているのかは分からない。もしかしたらその鳴き声(舌足らずのこどものような高い声)、あるいは音には何の意味もないのかもしれない。しかし僕はこれが言葉を理解してなにかしらの反応を返しているのだろうと考えている。たぶんこれは自分の思い込み、だけではないだろう。
それを証拠するため、というわけでもないが、僕は体を起こし何かを訴えるようにこちらを見る(目のようなものがあるのだ)黒い物体に声をかけた。
「クロ、なんか食べるか?」
「a!」
そう、こんな風に。
僕は朝食に簡単な料理を作った。スクランブルエッグとウィンナー。
「ほれ、できたぞー。」
僕は皿をとりわけて、その物体の前に置いた。
「ua-」
黒い物体は皿に近づき、料理を包み込むように体を動かした。
スクランブルエッグがその黒い体に呑み込まれていく。
「うまいか?」
「a--」
黒い物体は満足そうに答える。
「それはよかった。」
僕はそういって自分の分の朝食を食べ始めた。
クロと名付けたこの物体について、僕は何も知らない。いつから、どうやって僕の部屋に現れたのかそれすらも曖昧で覚えていない。つい最近出会ったような気もするし、ずいぶん長い間一緒にいるような気もする。それこそ、物心ついた時から一緒にいるような。
冷静に考えればそんなことはないはずなのだけれど、なぜだか、そんな気がしていた。
「それじゃあいってくるよ。」
朝食を食べ終えて後片づけをすませた後、僕は玄関で振り返りクロに声をかける。
クロは玄関の前でそのつぶらな瞳でこちらを見ている。
「ie--」
心なしか手を振っているように見える。おそらく、僕の勝手な思い込みなのだろうけど。
「いってきます。」
僕はドアを閉じて、借りているアパートの前を歩く。
ふと、自分がいないときクロは何をしているのだろう、という疑問が浮かんだ。
ずっと一緒にいるのにそんなことも知らないなんて、すこし不思議な気がする。
...でもまぁ気にするようなことでもないか。
僕の中で生まれた疑問のようなものはその形をはっきりととるまでもなく、頭の中で霧のように散っていった。
そして、僕はいつものように仕事場へと向かった。