先輩と老賢者
「でもまあ納得しましたよ。だから最速で帰って来たんですね」
「うん」
と、不意に先輩は漆黒の大きな瞳になにやら妖しい輝きを宿らせ、
「まあたとえ向こうが美女だらけだったとしてもお前に会うために戻って来たけどな。お前に会えない千の夜はまるで永遠みたいだったぞ」
(……)
先輩はにやにやあたしの目を見つめる。
あたしは答えた。
「何しょうもないこと言ってんすか。千の夜とかたいそう大袈裟に聞こえますけど、向こうの一日って昼夜大体三十分ずつの一時間ぐらいだから、結局のところこっちの時間で四十日ぐらいで夏休み程度ってさっき言ってたじゃないですか」
「てへ」
先輩は悪びれもせずポテチを口にくわえた。
まあこれもいつものこと。珍しくもないし淡々と次の話題を振る。
「でも昼夜が三十分で入れ替わるって、それが一番きつそうですよね」
「そうなんだよ。てか私一人で魔王倒したって言ったけどさ、一応旅の仲間が一人だけだけどいたんだよ。賢者の」
カップを手にした先輩が少し前のめりになった。
「ほう。賢者」
あたしもこれは興味深い。座りなおすついでに少し前に出た。
「うん。その人は獣人じゃなくてそこで一番メジャーな種族の婆さんなんだけどね、そうだな……、見た目は顔がサイで首から下がフラミンゴみたいなのにゴリラの手を生やして白黒ゼブラにして、目を頭部全体に百個ぐらい付けた感じ」
「じゅうじゅうじょんじょん」
「まあこっちからするとそうなんだけど、向こうではそれが混ざり気なしのスタンダードな人だからな」
「へー。でもサイ頭のフラミンゴって首と足細すぎませんか?」
「それも向こうの世界だと最適のバランスらしい」
「服は?」
「全裸」
「へ~。で、その人が?」
先輩はカップを置くと、険しい顔で話し始めた。
「うん。私は平気なんだけど向こうの人夜になるとすぐ寝ちゃうんだよ」
「ああ」
「だから三十分ごとにその婆さん寝ちゃうんだけど、おんぶして運ぼうとしたら寝れないって切れるし、それで全然進まないの」
「ああ。てかじゃあなんで先輩そんな人連れてんですか? やっぱ賢者だけあって魔法がめちゃくちゃ凄くて戦闘のサポートしてくれるから?」
「いやそれが全然。一応強い魔法も使えるけど、普通の戦闘は何の役にも立たないんだこれが」
怒りにも近い先輩の顔だったけど、一転虚無となった。
「じゃあなんで?」
「なんかその魔王を封印する魔法ってのがあってそれ使えるのが婆さんだけなんだけど、使うには魔力と生命力を全部犠牲にする必要があるってんで魔法温存しなくちゃだったの」
「ほお」
「だから普段はなんもしなくて、ほんとに最後の魔王のとこのためだけに連れてったの」
「なるほど」
またここで先輩の表情が変わった。口角がほんの少しだけ持ち上げられ、目尻はほんの少しだけ下がったせいで全体が少し柔らかくなった。
「でも私魔王を封印するまでもなく完全に倒しちゃったんだよね」
「ん? どゆこと?」
「うん『完全に』ってのがポイントな」
「はあ」
「あいつら私がいくら強くても魔王は『完全に』は倒せないだろって、相手が弱ったところで封印魔法使ってくれって婆さん預けられたんだけどさ――」
「──ああ」
そういうことかとあたしは話に割り込んでにやりと笑うと、先輩も同じ顔をした。
「うん。婆さん使う前に魔王を『完全に』倒しちゃったんだよね」
「ですよね」
「まあ確かに苦戦はしたけどちょっと頑張ったよ」
「なるほどね」
でもここで穏やかだった先輩の顔がまた急変した。
「てか婆さん連れてかなかったらもっと早く行けたんだけどな!」
くわっと目を剥いて切れ始めた。
「婆さんだし歩くの遅いし!」
「大変そうだしおんぶしてあげようとしたら『老人扱いするな!』とか切れるし!」
「婆さん一応飯作るんだけど魔力の味とか地球人には分からんし!」
「野良魔族との戦いも婆さん守りながらだし!」
「喋ってるときに外れた入れ歯が飛んでくるし!」
「結局なんもしなかったし!」
「ちょっとボケてて飯何回も作ったりするし!」
「結局それも食わされるんだけどやっぱり味分からんし!」
等々、他にも先輩は散々溜まっていたうっぷんをわめき散らした。
「あと老人だし訛りが凄いの! 私が今こんな訛っちゃってんのも婆さんのせいだからな!?」
「ああ。だからたったの四十日分ぐらいなのにそんなんなっちゃってるんですね」
「そう。あとやっぱ魔法がある世界の言葉だからな。魔力とかの影響もあるかもしれん」
「ほう」
「現にお前ももう感染っちゃってるじゃん」
「は?」
先輩はにまにまあたしを見ている。
そんな馬鹿な。
何を言ってるんだとあたしの口をついて出たのは、
「ぽみゅう? 何言ってるへもす。そんなわけないじょんじょん」
おおう。
今まで全然無意識だったけどマジだった。
異世界弁つええ。