先輩と獣人
「先輩。この世界の女はちょっと強いからって人の心臓抜き取ったりできませんよ」
「あれ? そうだった? 向こうだとそれぐらいできる女普通にいたけど」
先輩はきょとんと目を見開いた。
「こっちでは無理です」
「じゃあどんぐらいだっけ? 手刀でくびちょんぱできるぐらい?」
先輩は言葉だけでなく常識まで訛ってしまったらしい。
「それも地球人ではないです」
「そうか。でもこっちの人間ってそんな弱かったか?」
「先輩がおかしすぎるんですよ。それに力加減の例えが首とか心臓とかなんで殺戮者目線なんですか。向こうに染まりすぎですよ」
「マジで歩くか飯食うか寝るかこん棒で殴るかしかしてなかったからな。サル以上原人未満って感じ。人のサルからの進化の過程を表す絵の二番目みたいな。だからこんなのんびり座って紅茶をすするなんてこと、ほんと最高だよ」
先輩はしみじみと深く息をついた。
その様子を微笑ましく思ったけど、疑問も一つ湧いた。聞いてみる。
「てか、そこの女の人たちも強かったみたいですけど、やっぱり異世界ですしみんな美人だったんでしょ? エルフとかケモ耳少女みたいな獣人とかいて。先輩かわいい女の子大好きだし実はずっとそっちに居たかったりしたんじゃないですか?」
しかしこの質問はとんでもない地雷だったらしい。
先輩は髪を逆立て、いきなり拳を机に叩き付けた。
「んなわけあるかっっ!!!」
先輩側の机が大破し、ティーカップも粉々に砕けてしまったので一時中断。ティーポットはあたし側にあったので無事だった。
先輩がまだ飲み足りなさそうなので、今度はコーヒーにして再開。
「うん。確かにこれはいかんな。全然力は入れてないつもりだったけど、さすがにこれは日常生活に支障が出る。カップと机にも悪いことをした」
甘いコーヒーしか飲めない先輩は新しいカップの中身をスプーンでかき混ぜた。
「ですよね。改めてください」
「うん……」
お。なんか先輩も反省するようになったな。よしよし。しおらしい。かわいい。
「じゃあ腕をもげるってくらいか?」
一秒でフラグ回収するのやめてほしい。
「もう。で、その世界の女の人がなんなんですか?」
「ああ。一言で言うとモンスターなんだよ」
「モンスター?」
「うん。怪力とか凄い奴とかの比喩じゃなくてほんとに見た目が化け物なの」
先輩の目から光が消えた。
「ああ……」
「そりゃそうだよな。魔法がある世界なんだもん。魔法使いやすいような体に最適化されるの当たり前じゃん」
「まあそうですね」
「でもそんならなんで日本語が通じんだよって。そりゃ多少訛ってるけどおかしいだろ」
「まあその辺適当なのも異世界っぽいっちゃあぽいですけど」
「うん。まあそういうの言い出すとキリないしな」
先輩はのり塩のポテトチップスを口に運んだ。大きい一枚だったのでちょっとずつ。
「そういや獣人な、エルフとかはいなかったけどそれはいたよ」
「へえ、どんな」
あたしは興味湧いたけど、先輩の目はより一段と曇った。
「なんかな、もふもふとぬるぬるの合いの子の奴とか……」
「ああ……」
「もふもふだ~ってわしゃわしゃすると中がぬるぬるでべとべとになんの」
「それは極悪なトラップですね……」
「だろ。そんなん絶対組み合わせたらいかん奴じゃん。他にもぷにぷにでちくちくとかな」
「ああ……」
「でもあいつら平気でそういうことしてくんの!」
急に声を大きくした先輩がまたこぶしを握ったので、あたしはちょっと身構えた。
「てかそもそもの話、それ獣人じゃなくね? 人要素ないじゃん! そりゃあいつらからしてみたらそうかもしれんけどさ! でもこっちからすればそれケモノと人じゃなくてケモノとケモノじゃん! 獣人じゃなくて獣獣じゃん! それもうじゅうじゅうじょんじょん!!」
顔はかなり血の気を増してるけど学習したせいか、今度は机を破壊しない。白いカップの琥珀色の水面がざわめくだけで済んだ。
[じゃん]は『じょんじょん』。
これ『じゅうじゅうじょんじょん』って語感が気持ち良かったんで二回言ったんだなと思ったんだけど、そこは流しておいた。
あたしは口の中の油もコーヒーで流すと、また新たに湧いていた疑問を聞いてみた。
「てかそれなら逆に先輩も怪物に見られてたんじゃないですか?」
でもなぜかその問いは先輩を誇らしげにさせた。彼女はふふんとせせら笑い、腕も足も組んでふんぞり返った。
「あっちってさ、ずっと魔族との戦いで戦乱状態だったわけじゃん」
「はい」
「だからさ、そういう状態だとやっぱ見た目より強さが絶対ってなるわけ」
「へえ」
「そりゃ私一人で魔王倒しちゃったんだからその世界最強ってことで、古今無双の絶世の美女ってなったよね」
「はいはい」
「あれ? てかやっぱ力って正義なんじゃね? 落とすのやめよっかな?」
「はい?」
またこん棒振り回すだけのサル以上原人未満の存在に戻りたいのかと、サルからの進化の過程を表す絵の二番目だぞと、それこそ自分がサルと人との間の獣人だぞと、こんこん説教しておいた。