先輩と魔王討伐
「お前もうべっこ大変だったそるふぉん」
盛大に異世界弁訛りを炸裂させる先輩。
先日の星になった件で時空も越え、はるか異世界まで飛んで行ってしまったらしい。
そこで敵の魔王を見事討ち倒し、昨日無事またこの世界に帰還となったとのこと。
恐らく『べっこ』というのは[本当に]か[凄く]、『そるふぉん』は[んだぞ]か[んだからな]あたりの意味を持つ語かなと推測できる。
興味深い。お茶とお菓子の準備も万端。先輩の謎世界での冒険譚をじっくりたっぷり聞いてやろうではないか。
学習机一つじゃちょっと狭い。なのでそれを前後に二つ並べ、向かい合って座るのがおやつがあるときのスタイル。
先輩はほわほわ湯気が立ち上るティーカップを唇から離し、
「びっすおるる敵し魔族たちぷはっきり言ってもるめう強くなかったそる」
『びっすおるる』は[まあでも]、『し』は[の]、『ぷ』は[は]『そる』は[んだ]かな? 『もるめう』は文脈からすると[全然]か[あんまり]っぽいけど、どちらかはこれから続く話によって決まるかな?
「私ちょうどこっちし世界で怪力になってたじょんじょん」
『じょんじょん』は[じゃん]だね。
大きく変化しているのは接続詞や助詞、副詞などの文章の枝葉部分がほとんど。名詞や動詞他、内容の把握において根本の、これさえ分かれば大体どうにかなるという主語述語を担う言葉はわりとそのままっぽいので助かる。
向こうの言葉は日本語ベースだったそう。標準語を基準として、異世界弁は関西弁や名古屋弁よりは難易度が高いけど、本気で何言ってるのか全く分からないゴリゴリの東北弁や沖縄弁よりは易しいというぐらいかな。
「でぃるレベル上げなくほす物理で殴ってるだけでよくってひょ、始めに貰った初期装備しこん棒だけでたうい魔王まで倒せふぇののそるにゃん」
『だからレベル上げなくても物理で殴ってるだけでよくってさ、始めに貰った初期装備のこん棒だけで結局魔王まで倒せちゃったんだよね』という感じっぽい。
「こん棒て」
返事をしながらあたしも紅茶をすすった。
「まるまる。こん棒とかひのきし棒ってゲームだと弱いばる、あぞ実際あんなのでぶん殴られがじたまったもんわえないちょむ」
『おいおい。こん棒とかひのきの棒ってゲームだと弱いけど、でも実際あんなのでぶん殴られたらたまったもんじゃないだろ』
うん。あたしも異世界訛りを結構ナチュラルに解読できるようになってきたぞ。細かいところは多少は違ってるかもしんないけどまあ問題はなさそう。
「真偽は知らんけど、剣術でも『実は真剣より木刀の方が強い説』もあるしな」
「そうなんですか」
よし。もうすらすら頭に入ってくる。
「うん。だから私もとある国の王様から『先祖代々守りしなんかマジ凄い伝説の剣を授けよう』って言われたんだけど、手入れとかめんどくさいし重いしいらねっつってこん棒で行くことにしたんだよ」
「へえ」
「で、最後魔王もそれでボッコボコにしてめでたしめでたしって感じ」
そう言って先輩はチョコを一つつまむと、
「あ~~~~ひっさびさのチョコうんめぇ~~~~」
相変わらずの赤ちゃんみたいなこぶしをきゅっと握りしめ、心の底からの感動を絞り出した。
「でもそれなら先輩、そんな無双状態だったら別に大変じゃなかったんじゃないの?」
「うん……。その通り戦闘に関しては余裕だったよ。でもそれ以外の日々の生活の方がもうめんどくさかったんだよ……」
先輩はまだうっとり特売激安チョコに陶酔中。
こっちの世界では三日しか経ってないけど、その間にあっちでは昼夜が千回ぐらい入れ替わっていたと先に聞いていた。
先輩のカップはあっという間に空になってしまったので、あたしはガラスのポットの残りをそこに補充した。
「ん、ありがと」と先輩は微笑み、話を続けた。
「魔王城までが半端なく遠いのにまともな乗り物はないし、飯はまずいしトイレはないし風呂もない、電気がないから機械もない、ほんとなんもないの」
「あーそれはきついっすね。でも異世界なら魔法とかスキルみたいなのあって、それでなんとかできたんじゃないですか?」
「まああったけどそれも習得するの時間掛かるしめんどくさかったから、念のためってことで回復魔法と自動蘇生魔法を最初に覚えといたぐらいだったね。戦闘がヌルゲーすぎて結局一回も使わなかったけど」
「じゃあなんですか。先輩せっかく異世界行ったのにただこん棒振り回してただけってこと?」
「まあそうなるな」
先輩は遠い目をしながら一筋のほつれもないさらさら滑らかな黒髪をかき上げた。
「石器時代の人以下じゃん」
「そう。だからもう懲りたし、こっちの世界ではそこまでパワーいらないから多少落とすことにするよ」
「そうなんですか?」
「うん。あれだよ。強すぎる力は自分も傷つける諸刃の剣ってことだよ。過ぎたるは及ばざるがごとしって感じでもあるな。まさか自分の力が原因で自分が異世界送りにされるとは思わなかったし、またこんな事故が起こったらたまらん」
この前しか見ない人が悔いて反省するほどその世界は過酷だったらしい。
「なるほど。で、どれぐらいまで?」
先輩は小首をかしげて考え、
「そうだな。まあ普通の女よりちょっと強いってぐらい」
「ほう。人間に戻ってくれるんですね」
あれはもうモンスターとかいうレベルじゃなかったもん。あんな力いずれ世界規模の大災害を引き起こすんじゃないかとちょっとハラハラしてたけど安心した。
そうしてまた穏やかににカップを傾けた後、先輩は付け加えた。
「具体的に言うと、素手で人の心臓抜き取れるぐらいぷん」
戻る気ないらしい。