先輩と風船
「先輩って驚きの感情がないんですか?」
チョコレートの包みを開けながら聞いてみた。
この一口チョコの詰め合わせはあたしが今日のおやつ用として持ってきた。先輩はチョコの口になってうきうき舞い上がってるのに、それが偽物だとなったら目の前真っ暗だもんね。そんなかわいそうなことできませんよ。ということで、それを見越した上での選択である。
お茶は紅茶。あたしは掃除用具入れの中の何かによって手が汚れてしまったので、それを洗いに行っている間に先輩が用意しておいてくれた。
彼女は口の中のチョコを飲み込むと、
「んなわけないけど確かにそう言われてみると派手に驚いたなんて最近はないな」
右手のカップを傾けた。
最近はってことは昔はあったのか。いや今もあれよ。
「へ~。じゃあ最後にびっくりしたのっていつなんですか?」
そう聞いてみたら、彼女は不気味な笑みを浮かべ、
「そりゃあれだよ。今年の春だよ。お前を初めて見た時だよ」
妖しい瞳であたしを見つめた。
「へー。そんな程度でいいんですか。いが~い」
嘘くさい顔。まあ冗談でも悪い気はしないけど。
「ほんとだってば。おでこに天使の矢が突き刺さったって言ったじゃん」
「いや聞きましたけどほんとだとしてもその顔あたし見てないもん」
「ほーん。んじゃそんな感じの顔すりゃいいのか?」
先輩は右手のカップを置くと、
「わ~びっくり~!」
お手てを顔の横に、おめめをまんまるに、お口をぱっくり。
「はっ倒すぞ」
さすがにもうちょっとぐらいの努力の跡は見せろ。あまりにもなやる気無さに殺意しか湧いてこない。
「なんもないんだもん。そりゃお前こうなるさ」
まあそうなんだけど。
「なんかお前ほかにびっくりなもん持ってきてないの?」
「ないですよ。普通の人だったら程度の差はあってもあれでびっくりしますもん」
そうすまし顔でチョコを口に入れた。
まああるんだけど。
相手は先輩だもん。びっくり箱が効かなかった場合のことも当然考えていた。なので、ここで正直に答えたら意味なくなっちゃうからね。そう言うしかない。
ということで、あたしの第二の矢、食らわせてやりますよ!
が。
「お前嘘ついてるだろ」
先輩はまたぎらりと眼光を鋭くした。
「は? なにがですか?」
心臓はキュっと縮まったものの、顔は何事もなかったかのようにしゃあしゃあとしらばっくれてはみた。
「お前嘘が顔に出るじゃん。まだなんかあんだろ?」
「いやだからなんもないですって」
獲物を前にした捕食者の顔である。蛇が相手の蛙じゃ無理かもしれんけど、鼠なら猫を倒せる可能性はあるらしい。九分九厘無理っぽいものの、一応の踏ん張りは見せてみた。
が。
「バレバレだって」
所詮無駄な抵抗だった。
先輩は勝利宣言をするための顔になった。過去様々な勝負事において、苦杯を舐めさせられる度に見てきた顔である。彼女にこの表情をされたなら、もう観念するしかない。
「むうう」
「んふふ」
先輩はにんまり、勝利の美茶をすすった。
「ぬう。でもなんで分かったんですか? そんな顔に出ます?」
「そりゃお前だもん。何考えてるかなんてすぐに分かるよ」
「んむう。んであたし嘘つくとどんな感じになるんです?」
これはたいへんよろしくない。後学のためにぜひ聞いておかねば。
でも。
「いやいやそれは教えられんよ。対策されたら駄目じゃん」
「ぐぬう」
けち! でもまあ確かにそうだけども。同じ立場だったらあたしだって教えないし。てか、嘘が顔に出るということ自体も黙ってるけども。
先輩はあたしよりも多少はお人よしなのか、それぐらいなら教えても構わないぐらいにはあたしのことを舐めてるのか、どっちかは分からんけど、とにかく今後彼女に対しては嘘をつきにくくなったということは間違いない。
「で、どんなびっくりアイテムなん?」
「ああ。風船ですよ」
あたしの鞄の中には膨らませた風船が入っている。びっくり箱は視覚的効果なので、それが通用しないとなったら別の感覚器官を襲うものにしなければならない。ということで、お手軽なゴム風船にした。なにか理由をつけて先輩をおびき寄せたところで、ポケットに忍ばせておいたシャーペンで突いて破裂させ、音によって驚かせてやろうと企んでいた。
が、そのもくろみも頓挫してしまった。まあ最初のびっくり箱でダメなんだから、目でも耳でも、それより衝撃度が低いもので彼女を驚かすなんてことは恐らく無理だっただろう。
で、
「どんなん」
先輩が聞いてきたので、仕掛けを見せようと、隣の机の上のバッグをこちらに移し、
「これです」
と、ファスナーを開けた。
瞬間――
ビャッ!!!!!!!!
黄色と黒のグロテスクなまだらが目の前に弾け飛んだ。
「にゃっ!!!!!!!!!!!」
あたしは奇声を上げて思いっきり後ろにのけ反ってしまった。
フリーズ状態で空っぽな頭に先輩の馬鹿みたいな笑い声だけが響き渡る。
数秒の時間が経過したところで、ようやく状況を整理することができた。
「……ふひ……」
清々しいまでの完敗。なので、口から出てきたのは気の抜けた笑いだけだった。
そんなひきつった半笑いのまま、
「手ぇ洗いに行ってる時ですか?」
「うん」
真っ赤な先輩はたった二文字言うのも苦しそう。
まんまとしてやられた。
だけど、一番の敗因はあたしの油断だ。あんな目立つものが無くなっていることに気付かないとは。情けなし!
己の不注意を猛烈に悔いるばかりだった。
それにしても先輩め。腹の中にどす黒い謀略をたんまり秘めているにもかかわらず、眉毛の一ミリも動かさぬ涼しい顔とは。やってくれるじゃないの。
それに、バッグの中に風船入ってたこと知ってたんじゃん。何が『お前は嘘が顔に出る』だよ。しれっと嘘こきやがって。くそが!
とはいえ。
いくらはらわたが煮えくり返ろうとも、この人を驚かせるようなものはもう持ってないし、他のものも正直思い付かない。
仕方ないので、本人に直接聞いてみることにした。もしなにかあるなら、忘れたころにそれでビビらせてやろう。
「先輩って何したら驚きそうです?」
ここにきてようやく紅茶を飲む余裕が出てきた彼女はカップを口から離すと、
「ちょっと思いつかんなあ」
「いやさすがになんかあるでしょ……って、あ。じゃあ怖いものとかは?」
「怖いもの? まんじゅうとか?」
「いやそうじゃなくてマジなやつで」
「ん~、驚いたりとか怖いものねえ……。ん~……」
先輩はむっと眉をしかめて考え込んだと思ったら、すぐ、
「あ~お前が死んだりとかかな」
一転、へらへら笑ってそう抜かした。
彼女のこの顔は分かる。あたしは知っている。
「めちゃくちゃ嘘ついてる顔じゃん」
「いや嘘じゃないよ」
嘘百パーセントしかない顔で悪びれもしない。
あたしがジト目で無言の圧力を掛けたところ、彼女はわりとすぐに観念し、こう言った
「だってお前すごい頑丈じゃん。死ぬとこどころか怪我とかもちょっと想像できないもん」
頑丈。
まさかこの人に言われるとは思ってもみなかった。




