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先輩と究極のハーレム

 半茸半人の妖怪術師はその上に両手をかざし、目を細め、唱えた。


「……出でよ……新たなる我……きびふじょ……のへるむう……こぬぼじ……ちゃが……んす……」


 瞬間、魔法陣から茶色の煙が吹き出した。


 茸らしいといえばそうなんだろうけど、ひどい色の煙だ。


 こんなの吸い込むの絶対無理、ということであたしは目を固く閉じ、鼻を強くつまみ、口をぴったり覆って息を止めていた。


 事前に、『現在の先輩はMP0のはずなのに魔法なんか使えるのか』、との疑問を尋ねたところ、『これは魔法ではなく黒魔術と錬金術を組み合わせたものでむしろ科学だ』、とのわけの分からない答えが返ってきた。いや中世ではそれが科学だったかもしれんけどさ。


 しかし、催しの進行役はさすがの先輩、現代科学の埒外に在る者。彼女の手により、現在はオカルト以外の何物でもないその秘法は、誠に残念ながら見事に成功してしまった。


 やがてしばらく、息が苦しくなってきたあたりで右のまぶたを恐る恐るちょっとだけ上げてみたら、煙は収まっていた。


 で、あたしの右隣りに制服姿の化けなめこがいた。


 確かにまだ生贄の、スーパーで普通に売られている状態の段階では、普通に流通して普通に食用されているおいしいキノコということで、一番まともかと思われた。

 しかし今、禁断の秘法によって怪物化したこのあまりにもな姿、至って無害なはずのこいつこそ、実は最凶の最悪だったのかもしれない。


「ほ~らほらほら。ぬるぬるだぞ? ぬるぬる。私のこの究極のぬるぬるを知ったらお前もうほんとアレだぞ?」


 全身ぐにょぐにょのべっとべと美少女が、ぬるぬる粘液をだらりだらりしたたらせながら、ぬるりぬたりじゅるりべとりと迫ってきた。


 さすが究極のハーレムと豪語するだけある。本当に凄い。凄まじい。


 もちろん言うまでもなく最悪の意味で。


 今回は以前のような、姫たちが開幕時から一斉に登場して華やかなおもてなしをしてくれるというスタイルではなく、一体ずつ順番に涌いてくる形式のようだけど、先鋒からこのおぞましさとかヤバすぎる。

 確かに異形の者となり果てても美少女は美少女、未来永劫永遠超絶最強美少女というあたし的顔面ピラミッドの頂点のままなのは変わってないんだけど、それ以外がアウトすぎる。べとべとすぎる。何考えてたらこんなぬるぬるまみれになるんだよ。おかしいだろ。とにかく今のあたしにはこれはまだ無理。


 と、あたしは本能でドアに向かって猛進した。


 幸いにしてこのキノコは高粘度なだけあって、動きは非常に遅い。

 余裕で逃げおおせたあたしは引き戸に指をかけて思いっきり力を込めた。


 が、びくとも動かなかった。


 ドアは周囲の縁全てをきくらげみたいなキノコにびっしり覆い尽くされていた。がっちり固着したそれらにより、もはや壁と戸は、その区別はないというほどまでに一体化していた。


 もう一方の出入り口も全ての窓も同様だった。


 いつの間にか、この部屋は完全なる密室となっていた。


 そうして、あたしが逃げ場のない処刑場を逃げ惑うなか、ふりかけを振りかけ終えたヤコウタケ先輩がさらに化け物を錬成すべく、また呪文を唱え始めた。


「きぶるえい……のぼはーべじし……こす……ちゃなむ……んらーいは……」


 今度は真っ白な煙だった。


 その中から現れたのは、その煙と同じ色白な先輩。


 元々から透き通った純白肌なんだけど、この先輩はその白からさらに色を失った蒼白である。そんな真っ白い肌とあらゆる色を打ち消す真っ黒な髪が互いの神秘性を一層際立たせている。


 ※頭の上にキノコが生えています、という注釈を忘れてしまうぐらい、でたらめに非現実的で幻想的な出で立ちだった。


「どうよ私のこの姿。真っ白だろ? 美しいだろ? うまそうだろ? 食べたいだろ?」


 こんなひどく傲り高ぶった極めつけにいやらしい笑みなのに、涙が溢れそうだった。とめどなく込み上げてくる感動のせいか、瞬きすらももったいなくて目が乾いてしまったせいか、どちらかは分からない。


 いやほんと、先鋒の奴のあまりにもな無残さで、今回のハーレムは過去最悪の地獄だと絶望しかなかったところに、全くの予想外すぎる夢みたいな魔物が降臨したんだもん。そりゃ上がるってもんだよ。


「いや本当にすっげえ綺麗なんですけどそれ何のキノコなんですか?」

 化け物だろうが関係ない。ともかく、まずは素性を聞いてみた。


 真っ白キノコ先輩は自信満々のまま、


「ドクツルタケだよ」


 白に映える薄紅色からその六文字の名前が言い放たれた。


「うわぁ……」


 あたしはその名を知っている。


 昨晩、先輩の頭から生えてたあの光るキノコの名前はなんじゃろな、と思ってネットのキノコ図鑑で調べていたんだけど、それが存外に面白かった。特に毒キノコたちのえげつなさときたら、非常に衝撃的なものが多かったので、先輩の頭がヤコウタケと知ったその後も、夜遅くまでそこを重点的に読みふけっていた。


 そして、その百鬼夜行のごとき奇々怪々な面々が居並ぶなか、あたしが最も笑ってしまったものが、今目の前にいる白い先輩の頭の上に生えているまさにそれであった。


 英語名では『Destroying Angel』、あるいは、『Death Angel』というそうな。すなわち、破壊の天使だとか死の天使だとか称されている美しき蒼白の暗殺者が、彼女の頭に寄生しているドクツルタケなのであった。


 確かに写真通りこんな感じだった。

 丸い傘はヤコウタケと同じ感じ、軸をそれより太くして真っ白にしたキノコ。

 で、名前の通り毒。猛毒。

 食べると肝臓と腎臓がスポンジ状になって死ぬ。


 なんちゅう名前、なんちゅう殺り方、なんちゅう美しさと笑ってしまうほどの超危険物だけど、日本でも普通に生えてて別に珍しくはないらしい。先輩がハーレムを行うにあたり、その辺で適当に調達してきた生贄の一体がそれだったんだろう。まあ彼女のことだし、単に見た目だけで選んだんだろうな、ということは容易に想像がつく。


 っていや!


 そんなことより、今はどう対処するかだ。


 ドクツルタケ先輩はぬるぬるよりは機敏とはいっても所詮キノコ、動きは緩慢である。まだまだ逃げるのはたやすいし、毒も食べなければ問題ない。倒せないこともなさそう。

 これほどまでに美しいこいつを葬り去ってしまうのは非常に惜しいことではあるが、やらなきゃやられる。


 で、どうやってヤるべきか、間合いを取りながら探っていたんだけど。


 色香に見惚れて、時間を無駄に垂れ流してしまった。またもや出遅れてしまった。


 さらなる化け物が追加される。


 そして、さらに悪いことに、今回の元凶、今は光ってない光る先輩は、これまでの儀式でなにか閃きを得たらしく、新たな技法を編み出していた。


 彼女は複数同時錬成という高度な技をこの修羅場で実戦投入してきた。


 ちまちまやってるのがめんどくさくなっただけ、という可能性は否定できない。


 ヤコウタケ先輩は生贄三体をまとめて魔法陣の上に並べ、粉をとんとんまぶすと、


「きほれし……のぷ……こふーはれし……ちゃすくえるなゆ……んさひだ……」


 黄色と茶色と赤色の煙幕があたりを包んだ。


 ホットドッグやチーズバーガーを思わせる配色ということで、嫌悪感は多大というほどではないものの、決して吸い込みたくはない。


 ぐっと息をこらえ、視界が回復するのを待った。


 しかし、今回は複数の怪物が呼ばれたんだけど、煙が晴れるよりも先に、それらのおおよその正体が分かってしまった。


 姿の前に、笑い声と呪言と怒号が響き渡ったからである。


 ハーレムにおける死の予感はもはや何度目になるか分からないけど、今回ばかりはちょっと本気で駄目かもしれない。本気で辞世の句を詠まなければいけない時が来たのかもしれない。


 これまでの相手とは次元が違う、とてつもなく異常な化け物たちである、そうでない可能性など絶対に有りはしないと断言できるほど、それらの叫び声は狂気に満ち満ちていた。


 煙が晴れる前に勝負を賭けてしまうべきなのではとの考えが頭を巡るも、恐怖でガチガチに硬直した体を動かすことはかなわなかった。


 やがて煙は薄らいでゆき、その予想が間違いないものであったことが明らかになった。



 〇〇○〇〇で〇〇〇〇いるオオワライタケ先輩。

 ×××を×××て××××××るテングタケ先輩。

 怒髪衝天のカエンタケ先輩。



 ここに来て、公の場ではちょっとお見せすることができない人二人と、超迷惑系菌類という、とんでもない反社会的モンスター三体が同時に現れてしまった。


 三者ともおよそ話が通じる相手ではないことは明白な様相である。現に彼女たちが発しているのはただの音、その中に意味を伴っている言葉は一つとて無い、ただのやかましい騒音である。くそうるっさい。


 っても、黄色と茶色の幻術使いたちはセルフ混乱状態により、同じ世界に居ながら同じ世界じゃない世界を泳いでいる人たちなので、幸いにも現時点では脅威となる可能性はほぼ無い。


 ということで、新たに湧いた敵は実質一人なんだけど、そのただ一人の戦える人であるカエンタケ先輩が激烈にヤバい。その幸運を倍にして返しても全く足りない。

 真っ赤に燃え盛る炎みたいな見た目に非常に似つかわしい、触れただけで皮膚がただれるという毒の持ち主である。あまつさえ食べてしまうとあらゆる臓器が冒されたり脳が縮んだりして死ぬ。

 なので、この先輩はただでさえ宿り主がアレな上に、さらに脳みそがしおしおにしぼんでしまっているせいで、激怒以外の感情を喪失しているのかもしれない。


 そんな制御不能な殺戮マシーンと化した生物兵器が、激情むき出しの凄まじい形相で金切り声を上げて襲い掛かってきたのだからたまらない。

 それに加えて古参の化け物たちもいる。いくら動きは鈍重とはいえ、六体もいれば、数の力でゴリ押されてしまう。


 次第に包囲網は狭められ、ついにあたしは部屋の角に追い詰められてしまった。


 しかも、そんな絶体絶命のなか、最後の儀式も終わろうとしていた。


 やはり最後は特別なのか、これまでには無かった手順が途中に一つ挟まれていた。

 ヤコウタケ先輩は魔法陣に供えられた残り一つの生贄の上に、毛髪を一本、乗せた。

 長さとウェーブの具合から、どうやらあたしの髪のようだった。

 そうして、それらの上に仕上げの胞子をたっぷり満遍なくまぶした。


「いやそれちょっとなにしてんすか!!!!!!」


 供物としてあたしの髪が捧げられた儀式って。あたしの髪をなんて使い方してくれてんだよ。


「お前も同族になったらもっとこのハーレム楽しめるぞ」


 ヤコウタケ先輩はにたりと過去最高に不気味な笑みを浮かべた。


 キノコ人間なんて、先輩は辛うじてその美貌でなんとかなってはいるけれど、あたしじゃそれは無理。頭からキノコが生えた化け物として迫害される未来しか見えない。


 でも、あたしがどんなに焦ろうとも、なす術はなかった。


 バーサーカーの特攻、死の天使の誘惑、べとべとのぬるぬる攻撃、幻術師の〇〇○〇〇の呪詛、妖術師の××××××××××をただひたすら避けることだけに全力を注ぎ込んでいる状態である。最終局面まで来てしまった儀式を阻止することなど到底不可能だった。


 いよいよ、最後の怪物が生まれる。


「きおた……のめじお……こいべーう……ちゃーそぐーれ……んたい……」


 世界が真っ赤になった。


 あたしの全身が深紅の煙に包まれたからである。

 同時に、頭がにょきにょきと重くなっていくのを感じた。

 あたしの頭の上で得体のしれない何かが急速に育っている。

 もちろんのことながら、それがキノコであることは疑いようがない。


 ダメ!!!!


 あたしはまだ人を辞めるわけにはいかぬ!!!!


 瞬間、あたしは右手で頭の上の何かを鷲掴みにすると、全力の力でもってそれをもぎ取った。目の前に持ってきて確認してみると、果たしてそれは煙と同じ色の真っ赤なキノコだった。


 これは!!!!!!!!!!!!!!!!


 紅色の丸い傘に無数の白い粒々がまぶされているという非常に特徴的な外見である。なので、はっきり覚えている。


 そしてまた、とある超有名な物語やゲームに登場する食べると体の大きさが変わるキノコのモデルとなったもの、ということも学んでいた。


 煙の濃度が毒々しさを失うに従い、一かたまりの影でしかなかったものが、それが実は六体の実体であったのだという現実を明瞭にしてきている。


 もはや一刻の猶予もない。


 一本もいだだけでは駄目だった。頭の上に感じる重みがまた増していっている。


 あたしは人のままであるために、この賭けに乗るしかなかった。


 だから、あたしは食べるしかなかった。


 不気味極まる深紅のこれを食べる以外に、この絶望的な死地を脱する方法がなかった。





 目がくらむので大きくは開けられない。


 机に伏せたまま薄目でしばらく呆けていたところ、やがて頭がものすごくゆっくりだけど、現在の状況を読み込み始めた。


 そうして、意識が五分程度甦ったあたりで、半開きの目を窓の方にやると、外はもう真っ暗だった。


 だいぶ寝入っちゃってたんだな。どれぐらい時間が進行したか、すっかり変わってしまった景色よりも、全身のだるさと火照りでそれが分かる。


 下校時間なら仕方がない。寝起きの重い頭を現時点における最大の頑張りで持ち上げた。


 うん~といっぱいに両腕を上げて、ぬう~んと目いっぱい伸びた。


 それからまたもにゃもにゃすることしばらく、ようやく七割ほどの速度で回るようになった頭でさっきのことを思い出そうとしたんだけど。


 覚えているのは体が巨大化したところまで。記憶はそれ以降、ぷっつり途切れていた。

 あと、でたらめになにかを叫んだら先輩の落書きが光ったような気もするけど、それも夢なのかどうか定かではない。

 あたしはどんな手段であの危機を脱したのか、全く覚えがないので不明である。

 まあ夢なら夢だし、現実だったとしても、忘れちゃう程度のことなんてどうせ大したことでもないはずなので、別に忘れたままでも問題ないよね。


 ということで、究極のハーレムと題されたキノコの宴は先輩の失踪をもって終了した。


 今回の帰り支度は明かりを消すだけ。


 毒鶴茸とか紅天狗茸とかヤバいものが詰められたビニール袋が薄闇の中でぼんやりと蛍光グリーンに光っている。帰り際にそれを一階のゴミ箱に捨てた。


 そして、ヤバすぎる落書きもビリビリに破いて、キノコ頭の毒妖怪どもが二度と出現することがないようにしておいた。


 今回のおみやげは真空パックのなめこ。生ものだし持って帰らないとしょうがないしね。これでなめこのお味噌汁を作ってもらおう。なめこのお味噌汁、おいしいもんね。


 うきうき、意気揚々家路についた。

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