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先輩と運命の日

 あたしは人生を賭けてもいいぐらいには先輩の顔が好きなんだけど、あたしの顔もまた非常に先輩好みとのことなのだ。


 客観的でも主観的でも、あたしの顔面の評価はまあそこそこいいんじゃないのってところなんだけど、先輩的には満点を超えるほどなのだそうだ。


 なんでもその日あたしを初めて見たその瞬間、どこからともなく飛んできたぶっとい矢がおでこに突き刺さったのが明らかに分かったというほどだったらしい。かつてそう聞いていた。そこはおでこじゃなくて心臓なんじゃないのって感じではあるけど。


 そんなわけで、入学早々のあたしがこのよくわからん謎の部に無理やり入部させられることになったので、今のあたしがこうしてこの部屋で先輩と向かい合っておしゃべりをしているというわけ。あたしがやたらとえらい目に遭うのも、そんな先輩の意味不明なアプローチのせいなわけ。


「でもまあ先輩ほどの美人に顔が好きって言われるのはそれはそれはたいへんに光栄で嬉しいことですよ。んで先輩ってあたしの顔のどこが好きなんですか? 具体的に」

「……いや特にどことかじゃないんだよ……。全体のバランスっていうか、トータルで好きなんだよ……。まあ要するに全部好きってことだな……」


 さすがの先輩もこの質問では歯切れが悪くなる感じだ。もじもじ上目遣いで頬を赤らめている。


 今日のどんより薄暗い空と同様、曇った表情ではあるけど、それが逆に美しい。冬の寒風の中、ただ一輪耐え忍んで咲いている健気な赤い花といった趣で、そのかわいらしさはやはりちょっと尋常ではない。


「ふうん。その答えはどうなのって感じはしますけどまあありがとうございます」

 そうお礼は言ったものの、


「でも先輩ってそうは言ってますけど料理先輩とかバスケ先輩とかの方が好きですよね?」


 先輩が友達と話してるとき、すごいえへらえへらしまりのない顔してたりするもん。


「……いやそれは確かに好きだけど……、でもあいつらに対する好きとお前に対する好きとは意味が違うよ……」

「ほんとですかあ? すごい目ぇ逸らしてんじゃないですか」


 ちらちらそわそわ、彼女らしからぬ焦りっぷり。


「まあでも別にいいんですよ。あたし先輩が他の美人といちゃいちゃしてんの見るのもすごい好きなんですよ。眼福っていうんですか? 美女たちの戯れみたいなのあたし大好物なんです。だからいいんです」

「……そうなんだ……」


「そうなんですよ。だからそれが駄目なんですよ。そこで全然頭に来ない自分がです。嫉妬なんかとは真逆でむしろもっとやれと応援してしまうぐらいですからね。だから駄目なんですよ」

「……ふうん……? でも私はそれの何が悪いのか分からんけど……」


「いや駄目でしょうそれは。まあそりゃ先輩みたいなちょっととんでもない美人に迫られるのはとてもありがたいことだとは思ってますよ」

「……ならいいじゃん……」


「でも駄目なんですよ。確かに先輩が好き好き言ってくれるのは本当にとても嬉しいですよ。そんな先輩があたしの恋人になんてなったらそりゃ天にも昇る気分ですよ。てか実際にそういう妄想もしてますよ。先輩後輩じゃなくて恋人でのデートだったら何しようかなとかどこいこうかなとか」

「……うん……」


「でもですね、それそんな先輩と付き合ってる自分が最高って思ってるんじゃないのって、今のあたしはそんな感じなんですよ。先輩をなんか高いバッグとか服みたいなブランドもの扱いしてるみたいな感じの。なんか美人の先輩が隣にいるだけで自分がいい女になったと勘違いしてるみたいだし、それって本気の先輩に対してすごい失礼だし、そんな浅ましい考え方してる自分の醜さに自己嫌悪に陥るんですよ」

「……」


 そう言ったら先輩はすっと俯いた。


「あとやっぱあたし先輩の顔好きすぎるんですよ。それが駄目なんですよ」

「……なにが駄目なんだよ……。顔が好きならそれでいいじゃん……。私もそうだし……」


「いや、あたしは本当に先輩が思っている以上に先輩の顔が好きなんですよ。先輩が初めてあたしを見たとき衝撃受けたとか言ってましたけどあたしだってそうだったんですよ。あまりの美しさにこれほんとに人間か? ってぐらい漫画の中から出てきた人とか魔法使える世界とかから来た人なんじゃないかって思いましたもん」

「……うん……」


「で、その極上に美しいって思いが今でも変わってないんですよ」

「……うん……」


「よく美人は三日で飽きるとかいうじゃないですか。でもそんなん本当は美人じゃないんじゃないのって思うんですよね。真の美人はどんだけ見ても見飽きることはないと思うんですよ」

「……うん……」


「あたしのそれが先輩なんです。先輩の顔見るたびに鮮やかな色が心を踊るんですよ。例えば春の桜吹雪の甘い香りの中を歩いているときとか、夏の早く起きた日の露に濡れた朝顔とか、秋の空一面見渡す限り濃い金色に染まった夕暮れとか、冬の新興住宅街に雪が降った次の日のとある家の前に飾られたちっちゃい雪だるまとか、先輩と見つめ合うとそんなたまらなく美しい情景にも勝る熱い感動と愛おしさで胸がいっぱいに満たされるんです。それが初めて会ってから今日の今までずっと衰えることがないんです。むしろ見れば見るほど好きになってるぐらいなんですよ」

「…………」


「今日だってあたし寒い廊下から部屋入ったら先輩が笑顔で出迎えてくれましたけど、その顔見た瞬間なんかの興奮と幸せのホルモンみたいなのが体中ぶわーって分泌されて体温が一気に上がりましたもん。先輩見るとあたしめちゃくちゃ元気出るんですよ」

「……そんなんお前絶対私のこと大好きじゃん……」


「そうですよ。あたし先輩のこと大好きなんです。でもなんですけど、でもそれやっぱり顔だけなんです。顔に限ってのことなんです。今のあたしが先輩に求めているのはそれだけ、本当に顔だけなんです」

「……だから私はそれでもいいって言ってるじゃん……」


「いや、先輩がよくてもあたしが駄目なんですよ。本当にあたしは先輩はただかわいいだけでいいと心の底から思ってるんですよ。あたしの考える最強の先輩って、『ただ黙って座ってるだけでなんもしない先輩』なんです」

「……そんなん人形じゃねーか……」


「そうですよ。あたしは先輩はお人形さんでいいと思ってるんです。なんなら今すぐにでも先輩を動けないようにしてガラスケースに入れて飾って一生それを眺めて暮らしたいって思ってるんですよ。そうしてそんなあたしが老いて朽ち果てて塵となって埃となって姿も形も消えて無くなった後のさらにその先の、世界が滅んでしまった後のずっとその先でも、ただ一人先輩の美しさは未来永劫永遠であってほしいと本気で思ってるんですよ」

「……こえーよ……」


 今のあたしの目つきは相当なもんなんだろう。この先輩をここまでたじろがせるぐらいなんだから。


「そうですよ。あたしはそれぐらい重い女なんですよ。それぐらい先輩の顔が好きだし、そういうことに対しては自分でも絶対ヤバいって自覚してるぐらいめちゃくちゃ真面目すぎるんです。だからそんなあたしが先輩と付き合うなんてことが許せないんですよ」

「それぐらい私のこと考えてくれてんだなって私は嬉しいけど……」


「いやそれは違いますよ。むしろ逆にあたし全然先輩のことなんか思ってないじゃないですか。動けないようにして飾りたいたいとか、全然先輩の気持なんか考えてなくないですか? こんなこと言うのもなんですが敢えて言わせてもらいますけど、多分今のあたし先輩の顔がどうにかなったら完全に冷めちゃうと思いますよ?」

「……」


「もしそうなったととしたらそのときの先輩の絶望ってちょっと計り知れないと思うんです。だけどなぜか関係ないあたしの方が先輩の何倍も絶望すると思うんですよ。それと同時にそんな先輩に対してさらに怒りも覚えると思うんですよ。それはもう激しい怒りです。絶望のどん底で目の前真っ暗な先輩に対してなんでそんなことになったんだって激怒した挙句、それよりもさらに深い闇に沈んでいくんです。一番不幸なはずの当事者を差し置いてですよ。勝手に絶望して勝手に怒り狂って勝手に憎むんです。そんなの身勝手極まりないじゃないですか」

「……」


「今のあたしはそんななんですよ。とにかく先輩の顔が全てなんです。だからもしあたしが先輩とお付き合いすることになるというのなら、それは先輩の顔なんかどうでもいいやって思えるようになったときってことですね。今の先輩の全てである美貌が別にいらないやってなったその時、あたしは先輩の全てをあたしだけのものにしたいって心から思えるようになると思うんです」


 あたしの言葉にちょっと目を潤ませていた先輩は、

「……よくわからんけど今私が顔を焼いたりしたらお前私と付き合ってくれるということでいいのか……?」


「いや何聞いてたんですか先輩。逆ですよ逆。今現在のあたしは先輩の綺麗な顔だけ眺めてたいから一緒にいるんで、その顔がなくなったら速攻で愛想尽かしますよって話をしてるんです」

「……そうなんだ……」


「もぉ」


 無理もないけど先輩、だいぶ動揺してるな。


「まあでも先輩だってそうなんじゃないですか? 先輩もあたしの顔が好きって言ってくれてるわけじゃないですか。あたしの顔なんてそう大したもんじゃないですけどそれでもどうにかなったら冷めちゃうんじゃないですか?」

「……そんなことあるはずないよ……」


「へー。でもまあどうだかって感じですけどね」

「……ほんとだよ……」


「本当に?」

「……うん……」


「でもじゃあなんで下向いてるんです? 本当ならちゃんとこっち見てくださいよ。ちゃんとあたしの目を見て言ってくれなきゃ説得力ないです」


 俯いて唇をぎゅっと噛んでいた先輩だったけど、おずおずと潤んだ上目遣いであたしを見つめた。


 なので、あたしもまた先輩の目を見つめ返し、ありったけの心を声に込め、再度、聞いてみた。


「ねえ先輩。本当にあたしの顔、好きなんですか? 本当の本当にあたしの顔、ぐちゃぐちゃのどろどろに溶けて醜くなってしまったとしても、まだあたしのこと、好きでいてくれますか?」


 あたしの問いに、彼女はいつ涙の雫がこぼれ落ちてもおかしくない真っ赤な目のまま、わななかせていたその唇を開いた。


「……お前………………お前ほんともういい加減にしろよ!!!!!!!!!!」


 そう吠えた途端、背中を思いっきりのけ反らせた先輩。


 もはや悲鳴とも言うべき狂った笑い声が部屋中響き渡る。


 そう。


 今日がその日だったからである。


 あの日あたしたちが話していた来るべきその日、それが今日という日だったのである。

 そう。今日は先輩の午後の体育の授業がマラソンだった日。

 すなわち、一日ぴっちり先輩に密着したパンストがその体からにじみ出たにおいやらエキスやらをたっぷり吸収してムレムレになっている日、先輩の本気のパンストの日、それが今日なのである。


「……お前!! ……ほんと!! ……バカじゃねえの!! ……マジで!! ……なんだよ新興住宅街の雪だるまって!! ……よくもそんな思ってもないこと!! ……べらべらと!!!!」


 息も絶え絶え、つっかえつっかえ、いつもより黒い先輩が声を振り絞った。


「はーーーーーーーっはっはっ!!!! どうですかこの切れ味!!!! 黒パンスト装備したあたしの最強っぷりったらハンパないでしょう!!!!」


 あたしも視界とは正反対の心晴れ晴れ澄み渡った清々しい笑いが止まらない。


 勝利の凱歌である。


 パンストを被る直前、あたしはぴーんと閃いた。ちょっと前に黒板を舐めさせられた借りをここで返せるのではないかということを。

 あたしの攻撃を耐え切ることができたら先輩の勝ち、笑ってしまったら負けという勝負を挑発交じりに提案したところ、直情的かつ刹那的かつ好戦的な彼女はまんまとそれに乗ってきた。


 そうして、結果は当然のことながら圧勝どころじゃない完全勝利。

 いくら先輩が百戦錬磨の怪物とて、今のあたしには相手にもならない。

 勝者に与えられる自販機の飲み物一本をゲット、早くもあの時の恨みを晴らすことができた。


「はーーーーーーーっはっはっ!!!! 今のあたしは先輩だって目じゃない本物の最強なんですよ!!!! 神だろうが悪魔だろうがちょっと負ける気がしませんね!!!! てか今のあたしが神なんですよ!!!! はーーーーーーーっはっはっ!!!!」


 残念ながら、今日はそれなりに冬らしい寒い日だし、先輩も汗をかきにくい体質ということで湿り気は全くないものの、それでも先輩の様々な成分をふんだんに含ませたこの黒パンストという装備品はやはり素晴らしい。最強の防具を装着したおかげで体の奥底から万能感が溢れ出る。敵から奪った装備でその敵を倒すというのも、うまいことハメてやった感じで最高にいい気分だ。


 あたしもまた高笑いを上げ続けた。


「はーーーーーーーっはっはっ!!!! あたし最強!!!! 最強あたし!!!! あたし神!!!!! 最強の神、あたし!!!! はーーーーーーーっはっはっ!!!! あたしは神!!!!! ははーーーーーーーーっハッHAーーーー!!!!!」



 が。



 一緒にけたたましくひっくり返って笑っていた先輩だけど、その視線がちょっと前からなぜか逸れていたことにここで気付いた。


 そう。


 今日がその日でもあったからである。


 あの日あたしたちが話していた来るべきその日、それが今日という日だったのである。

 そう。今日はバスケ部ちゃんが来るかもと言った日。

 すなわち、うちの先輩ファンだけど人見知りのバスケ部ちゃんがようやく意を決して先輩とお話しするためにこの部屋を訪ねると言った日、それが今日なのである。


 ついさっきの話だけど忘れてた。

 あたしそれ完全に忘れてた。


 なんか『行けたら行くわ』みたいなもにょもにょした感じだったので、『ああこれは来ないやつかな?』と、あたしの脳はそう勝手に判断してしまっていたせいである。

 その上、お弁当たらふく食べてお腹いっぱいでの数学の授業中、眠気覚ましの気分転換と窓の外に目をやったら、先輩がグラウンドを延々ちまちま走っている姿を見つけてしまったのも悪かった。それが記憶の箱の鍵となって、開けられたその箱から飛び出てきたいつぞやのパンスト交換会の話が頭の中を駆け巡るや、俄然血液が沸き立ってしまったせいもある。


 そしてまたさらに運の悪いことに、やって来たのはバスケ部ちゃん一人ではなかった。大柄なバスケ部ちゃんの隣に、さらに頭一つ分大きいベリーショートの美人もいた。

 バスケ部ちゃんの先輩であり、うちの先輩の友達でもあるあの例のバスケ先輩も、付き添いなのかなんなのかは知らんけど、なんか一緒に来ちゃってた。


 そう。


 振り返ったら女子が二人いた。


 長身の女子と、もっと長身の女子。


 暗い視界の中に女子が二人いた。


「いやあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 黒パンスト被って狂ったように喚き散らしてるとこ友人と憧れの人に見られたあたし死亡。


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