先輩とハーレム
ぽつねんと椅子に座るあたし。
なんでもハーレムなる催しが間もなく開演されるという。
開け放たれた窓からの秋風が肌寒い。
あたしの服装は体操服の上にあずき色ジャージ。スカートじゃ巻き込まれる可能性があると言うので着替えさせられた。
頭には『安全第一』の文字が入った黄色のヘルメットを被らされ、顔面には安全ゴーグルを着用させられている。
ぴったり揃えられた太ももの上ではげんこつが二つ、固く握られている。
『おさわりなんてもってのほかだかんなお前! お前手なんか軽く持ってかれるかんな! 体もお前絶対動かしたりすんなよ! お前ほんとマジであかんことになるかんなお前!』
そう鬼気迫る顔で何度もしつこく念押しされていたためである。
遺書を書かせてくれと言おうと口を開けたものの、声が音となる寸前、無情にも開演時間となってしまった。
緊張が最高に達した中、ついに始まるハーレム。
初期状態はゴリラの着ぐるみ一匹。
そのメスゴリラが例のポーズをし、叫んだ。
「忍法分身の術!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
暴風なんてもんじゃない、もはやこれは爆風だ。
なるほど、さっきのは余興と言っていたのも納得の凄まじさだ。
その猛烈な風と轟音の中に現れたのは四体の残像。
あたしの視点で右の廊下側から左の窓側の順に、
・ゴリラの着ぐるみ。
・顔面が十字の西洋騎士。
・ピンクのウサギの着ぐるみ。
・宇宙飛行士。
である。
それぞれ格好が違うのは、『ハーレムと言えばコスプレだしね』、とのことである。
衣装はいろいろ試してみたものの、このとてつもない速度の早着替えと高速移動では普通の服ではすぐに破れてしまうので、ある程度耐久性が高い頑丈なものでないといけなかったのだそう。結果、この四種になったとのことである。
いずれの衣装も頭部が覆われるため髪が乱れないのがよい、とのことである。
数ある動物の着ぐるみで兎が選ばれた理由は、『バニーちゃんだから』、とのことである。
ゴリラの着ぐるみについては、適当なものを探していた時ちょうど安売りされていたため、経費の節約ができたからとのこと。さらにもう一つの理由として、『ゴリラってちょっと毛深いだけでほぼ人みたいなもんじゃん』、とのことである。
下着も不可なので中は全裸、とのことである。
『おいおいお前裸○○だぞ。ハーレムって感じでセクシーだろ?』、とにやにや言っていたが、そんなものはかけらも見当たらない。
なにしろこの状況である。命懸けで耐えるあたしの頭に浮かんだ言葉は、
『重工』
である。
『業』を足して『重工業』でもいい。あるいは、同音異義語の『重厚』にさらに言葉を付け足して『重厚長大産業』とするとこれも同じ意味になるので、そうしてもいいかもしれない。が、やはり最も短い文字数でこの様子を言い表している『重工』が簡潔で良いのではないかと思う。
息も苦しいほどの風が起こす轟音に超高速ステップの地響き、甲冑の各部位が接触することによって発生した甲高い金属音、さらには出所不明の謎の高周波の音に、その他摩擦音衝突音破裂音。それらに加えてそこはかとない焦げ臭さも漂い始めている。そういった暴風と振動と騒音と異臭が作り出すこの現場に、あたしの安全第一この上ない格好もまたうってつけである。
様子は大きく違ってはいるものの、小学生の時に社会見学で行った巨大な製鉄所の記憶が鮮明に蘇ってくるぐらい。よって、世間一般の人が思い浮かべるハーレムを表す言葉として、それが著しく不適であることは当然言うまでもない。
恐るべきことに、彼女はそのとてつもなく高度な術を行いながら、セクシーな悩殺ポーズも加えてきているのだが、四つん這いで招きにゃんこのポーズのゴリラの着ぐるみは単なるくねくねしたゴリラの着ぐるみでしかないし、後ろ向きから上半身をこちらにひねって親指をくわえるポーズの顔面が十字の西洋騎士は単なるくねくねした顔面が十字の西洋騎士でしかないし、前傾から背中を大胆に反らせて両手を後頭部で組んだポーズのピンクのウサギの着ぐるみは単なるくねくねしたピンクのウサギの着ぐるみでしかないし、両腕を寄せて胸の谷間を強調するポーズの宇宙飛行士は単なるくねくねした宇宙飛行士でしかない。
とにかくハーレムなのに色気というものが絶望的に皆無であるのだ。
確かにこの人間離れした技の完成度は見世物芸としては称賛に値する。それは認めざるを得ない。だが、ハーレムを名乗っておきながらこれというのはあまりにも看板に偽りあり、羊頭狗肉も甚だしいものである。
もちろん、全身くまなく肌の露出が一切無いせいで、ボディラインはおろか、顔すら見えないそれらの衣装を見せられた時、あたしも確認の伺いを立てていた。
『これでハーレムとか正気か?』
と。
意外なことであるが、自信家の彼女にしては珍しくその問いを肯定した。
『私も馬鹿ではない。その旨については重々理解している。今回用意したものが社会通念上のハーレムとは似て非なるものとなる可能性は相当に高いだろう』、と。
そう認めた上で、『二日目の昼に近江牛のしゃぶしゃぶを堪能しているあたりで薄々は気付いていたが、その時点で既に結構な額と時間と労力を投資してしまっていたので、今さら止めるわけにはいかないという結論に至った』、と付け加えた。
全てを言い終えた彼女の悲愴な面持ちにほだされた結果が、工業地帯に広大な面積を占有する製作所や製鋼所の場内みたいなこの有り様というわけである。
いやこれ先輩は被り物して必死こいて無我夢中でやってる方だから分かんないだろうけど、見てる方からしたらほんとマジでとんでもないからねこれ。本物のハーレムとやらがどこにあるのか知らんけど、一億歩譲っても同じ県内にも辿り着いてないからねこれ。
そうして、失敗の見通しが濃厚な状態で強行されたプロジェクトは往々にしてその予測を覆すことはかなわず、悲惨な未来を迎える。
突如これまでとは全く異なる爆発音と烈風が巻き起こるや、物体が開いた窓から凄まじい速度で射出され、瞬く間に星となって瞬いて消えた。
先輩の体力か衣装か床かどれかは分からないけど、いずれかのものが術のとてつもない負荷によって限界を迎え、その結果踏ん張りが効かなくなったことで先輩の体が勢いをそのままに吹っ飛んでいったものと思われた。
床に散乱している衣装がゴリと兎と鎧であるため、宇宙へ行ったのは宇宙飛行士であるらしい。
ぴったりじゃん。よかったね。
ということで、ハーレムと題された謎の催しは先輩の失踪をもって終了した。
あたしは全ての窓を閉め、残された衣装を箱に詰め、机と椅子を元に戻すと、最後また制服に着替えた。
あんこのお餅たちはおみやげ。生ものだし持って帰らないとしょうがないしね。どっちも少ししか減っていないので家族で食べよっと。
うきうき、意気揚々家路についた。




