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先輩とギャップ

「先輩はダメ。全然ダメ」


「なんだお前いきなり」


 先輩がギッと目尻を吊り上げた。


 だが、あたしは怯まない。ここで怯んではいけないのだ。


 先輩は駄目だ。全然駄目なのだ。昨日、それが間違いない事実であると気付かされた。


 だから、あたしがそれを彼女に言ってやらねばならん。


「昨日のあの二人、凄かったじゃないですか」

「昨日って剣道部とおでこ?」


 先輩はむっとしたままだけど、あたしのその言葉に戸惑いも混じらせた。


「そうですよ。あの二人のギャップですよ。あれ凄かったじゃないですか。おっとりなドSとクールなポンコツ。あれこそまさに本物って感じじゃないですか。んでその中でも特におでこ先輩ですよ。あの凄まじい破壊力、先輩も大絶賛してましたし」

「まああいつは確かに凄いけど」


「でしょ? で、それに比べて先輩ですよ。先輩のはなんかニセモノって感じじゃないですか」

「なんでだよ」


 先輩はまた不満の色を濃くした。


「だってそうでしょう。あの二人はギャップを身に付けてやろうとかそんなよこしまな考えなんかない、至って自然なギャップっぷりだったじゃないですか。着こなしてるっていうか板に付いてるっていうか、天性のものなんですよ。で、それに対して先輩ですよ。ギャップなんてもんは後から身に付けようとするもんじゃないんですよ。そんなのは養殖物でニセモノなんですよ。あの二人見てあたし確信しましたよ。本物は計算なんかないんです。そういうあざとさが見え隠れしてるのは駄目、失格です」

「むむむ」


 だいぶ落ち着いてくれたようだ。あたしの方に理があるのは間違いない。先輩の顔は相変わらず不満げではあるものの、怒りの感情は鎮火している。


「だから先輩は無理にどうこうせずとも自然体でいいんですよ。そもそものベースが法外にかわいいんですしなんもせずそのままでいいんです」

「でもお前そうは言うけどあの二人すごい良かっただろ? あの意外性はシビれるだろ」


「まあそうですけど、だからあの二人は天然物だからいいって話をしてるんじゃないですか。てか先輩ギャップギャップ言ってますけど、美人はみんながみんなそうなんですか? あたしの友達もかわいいですけど意外性みたいなものはそんなにはないですよ? そりゃたまには『へーこの子こんなの好きなんだ』とか『実はこんな感じなんだ』、みたいに意表を突かれるようなこともありますけど、まあこの子ならそれも有りっちゃアリかな? って納得できるぐらいではありますもん。だから先輩の場合もあの二人が突き抜けてるだけで他の友達は意外とそんなでもなかったりするんじゃないですか? 料理先輩とかあたし何度か話してますけど、あの人は見た目も性格も言動も全部イメージ通りにふわふわで統一されてて全然意外性がある感じじゃなくないですか?」


 料理部にはあたしも先輩も共に友人がいる。そのため大掃除の重量物運搬時やその他力仕事の際には、暇とパワーを兼ね備えたうちの部に支援要請が来ることがしばしばあって、その礼に料理を振る舞われるなど、非常に友好的な関係にある。なので、料理先輩ともそういったお食事会やお菓子のおすそ分けの際に楽しくお話をすることがしばしばあるのだ。


 しかし、うちの先輩はまあ当然ではあるんだけど、なぜだかあたしも筋肉要員とされていることには納得がいかないのだけれど。


「まああいつはそんなことはないな。全てにおいて聖人だな」


「ほらね。見た目も中身もそのまんまで十分いい女ってことじゃないですか。あと他にあたしが知ってる人だとバスケ先輩とかサッカー部のGK先輩とかコンピューター部の猫ちゃん先輩とかですかね。そのへんどうです?」

「あいつらはそうだな、バスケ部はあんな感じででサッカー部もあんな感じで猫も猫だな」


「ほら! やっぱりみんなそのままで十分魅力的じゃないですか。かっこいい長身美人と元気いっぱい健康美少女とかわいい気まぐれ猫娘って、それだけでもう他に属性盛る必要ないじゃないですか」

「いやそうだけどでも猫はちょっと意外じゃないか? あいつあんなんだけどあんなんだし」


 あんなんだけどあんなんとは、あんな猫みたいな見た目と性格でコンピューター部と珠算部を掛け持ちしているゴリゴリの電脳系の人、ということである。


「そうですか? 猫って何考えてるか分からないじゃないですか。あたしはこんぴゅーたーとか数字とか意味不明で苦手じゃないですか。なんでどっちもわけ分からん繋がりということで別に違和感無いですけど」

「お前の言ってることがわけ分かんねえ」


「と・に・か・く! 美人はなんもしなくてもそのままで美人ってことなんです。なんで先輩もそのままで全然いいんですよ」

「そうなのかなあ……」


 まあ完全に納得とはいってないけど、先輩のこの様子ならあたしの今後の部活生活は環境がかなり改善されそうだという手応えを感じる。


 先輩の奇行が収まってくれれば、あたしは放課後に完璧美少女と二人きりでだらだら駄弁るだけという夢のような時間を過ごすことができる。


 なので、ここはもう一押しして彼女をまともな真人間になるよう洗脳……、いや、啓蒙……、いや、啓発しておきたいところ。


「そうなのですよ。先輩は敢えて苦手なことに挑戦とかしなくて全然いいの。なんもしなくていいんです。難しいこととか考えずただ流されるままに楽なことして楽に生きていけばいいんですよ。日々をだらだらとゲームして漫画読んでアニメ見て食っちゃ寝食っちゃ寝ただ無駄に怠惰な時間を垂れ流す。それが先輩が真のいい女になる一番の秘訣なんだと、あたしはそう思いますよ」


「私本当にそれでいいのか?」

「駄目ですね。嘘です。今の話は全然忘れてください」


 言いながら気付いていたが、さすがに出まかせが過ぎた。


 間違った方向でも一応は努力できるというのは先輩のいいところでもあるわけだけれど、でも本当にこれを真に受けて実践されたらとんでもない悪い子に育ってしまう。それはいかん。


「まあとにかく先輩はかわいい見た目のまんま中身もかわいい方がいいってことですよ」

「かわいい中身ねえ……。でもそう言われてもかわいい中身ってどんなんなん。おでことか料理部みたいなのは確かにかわいい中身なんだとは思うけど、今さら私がああいった性格になるっていうのはちょっと無理だぞ」


「まあそうですね。三つ子の魂百までって言うぐらいですし性格を完全に変えろと言ってるわけじゃあないんですよ。まあとりあえずはですね、先輩は粗暴な原始人みたいなところを改めればいいんじゃないでしょうか」

「お前はほんとに失礼な奴だなあ」


 あたしのこんな物言いも許してくれるあたり、大らかではあるんだけど。


「いや事実でしょう。先輩って物事の解決法がだいたい力で文化や文明ってもんを感じないし、棒とかノートパソコンとかやたらと鈍器を振り回そうとするじゃないですか。そんなん完全に原始人じゃないですか」

「なにか鈍器持ったら振り回したくなるのは人のサガってもんだろ。特に棒なんか今でも剣道とか野球とかテニスとかみんな狂ったようにそういうもん振り回してんじゃん」


「あれは先輩みたいに本能で闇雲に振り回してるわけじゃないじゃないですか。現代人からはその性は失われてるんですよ。ちゃんと決まりごとに従って振り回してるんです。現代人が棒振り回すのは文化的で文明的なことなんですよ」

「そんならじゃあお前棒が駄目なら私何振り回したらいいんだよ。私は法とか理性に縛られずただ心の赴くままに思うさま何かを振り回したいんだよ」


 未練がましい目をする先輩だけど、そんなに振り回したいか?


 先輩やっぱり十万年ぐらい前からタイムスリップしてきた人なのか?


 でも、


「そうですね……」


 現代人が振り回したいもの、それを考えてたら、あたしちょっといいこと思い付いた。


「ん~、振り回すもの、それじゃああたしとか」

「ほお?」


「人を振り回すのは愛とか恋って昔から相場が決まってるんです。恋の駆け引きって人類ならではって感じじゃないですか。それこそ文明とか文化ですよ。だから先輩、恋の魔力であたしを振り回してごらんなさ~~~い」

「お前はほんとバカだねぇ」


 と、二人でぐへぐへ笑い合う、そんな時間があたしは好き。


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