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先輩と知恵の輪

今回の「汚い叫び」のくだりは縦書きですと表示が崩れるかもしれません。内容の読み取りに支障はないと思いますので、縦で読んでくださっている方がおられましたらそこは気にせず流しておいてください。

「たのもーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」


 さっきのエプロン女子たちのカラフルで華やかな楽園とは一転、ここは落ち着いた色味のところだった。


 眼鏡女子五人がカードを持ったまま怪訝な顔でこちらを凝視している。このアナログゲーム研究部は人員も少ないし、あたしの知ってる子はいなかった。


 でもなんでパワーをアピールするのにこの部活? と思ってたんだけど、


「あのさあ、なんか知恵の輪みたいなのない? できればなるべく頑丈で壊してもいいやつ」


 オチ言っちゃったよ先輩。


「なんで」


 先輩のクラスメイトと思しきフチなし眼鏡のクールビューティーおでこ女子が凍り付くような視線を向けた。


「私ものすごい怪力になったんだ」


「全然変わってないじゃん」


「だからぁ 見た目こんなんでゴリラだから面白いんだろうがっつってんだよ」


 四回目はさすがにうんざりという感じだ。


 おでこ先輩はカードを置くと、「わけわからんのも大概にしとけよ」とぶつくさ言いながらも棚の中に収納されている段ボール箱を漁り始めた。


 この人も綺麗ではあるんだけど、切れ長の目は理知的って感じで雰囲気が鋭くて、アナログゲーム部というのもなんだかよく分かんないし、眼鏡もおでこも光ってるしちょっとこわいかも……と緊張していると、


「なあ、こいつ見た目こんなだけど結構バカなんだよ」


 先輩は借り物を頼みに来た分際にもかかわらずへらへら失礼極まる悪態をついた。


「お前にだけは言われたくないわ!!!」


 おでこ先輩は真っ赤になったおでこに青筋を浮かべて先輩を睨みつけた。


 あたしも同じことを心の中で叫んでいた。


 とはいえ。


 確かにそれを聞いたら緊張はさっぱり吹き飛んで、あらやだこの人ちょっとかわいいかもと親しみが湧いたのも事実ではある。


 なるほど。良くも悪くも先輩の言うところの意外性というのもあながち間違いではないのかもしれない。


 そうしていると先輩はまたおでこ先輩にちょっかいを掛け始めた。


「お前せっかくかわいいんだからもうちょっと笑えよ」


 これはおでこ先輩には不意打ちだったみたいで、彼女は怒りではない方の赤色に顔を染めた。


 また雰囲気が和らいだ。


 おや。もしかすると先輩はあたしの様子を察し、あんな憎まれ役を買って出てくれたのかもしれないな。


 ――と思ったのもつかの間、


「でもまあ私の美貌には全然及ばんけどね」


 それはただの気のせいだったことを悟った。


 さて、おでこ先輩は一段とむっすり頬を膨らませながらも、高いところから低いところまでいろんなところを開けては閉め、がさがさごそごそ、やがてお目当てのものを見つけ出した。


「でっけえ!」


 出てきたものは思った以上にぶっとい金属の棒だった。長さは三十センチぐらい、直径は三センチぐらいでちょっと曇った銀ピカ。一方の先が丸くなっている棒が二本組み合わせられている。あたしも試しに持たせてもらったけどずっしりにもほどがある。くそ重たいしくそ硬い。


 これまでのものとは比較にならない。次元が違う。圧倒的に強い。だけどこれはこれで脳筋っぽいというか、知恵の輪というよりも知恵の神だ。


「で、これ壊してもいいの?」

 でも先輩はその鈍器に臆するどころか不敵に微笑んだ。


「壊すって……こんなのそれこそ本物のゴリラでも無理だと思うぞ」

 おでこ先輩は『頭大丈夫かこいつ』という目で困惑している。


「じゃあできるんならいいんだよね?」


「まあずっとここに入れっぱなしだったし多分いいと思うけど……」


 それを聞いて先輩はついに今日初めての本気の顔になった。


 しかしオチはわかっちゃったけど見たい。


 知恵の輪なんてエラそうな名前のものが知性のかけらもないただの筋力によってねじ伏せられる様、見たすぎる。


 先輩は腕を片方ずつぐるぐる回し、それが済むと首を左右に二回ずつ振った


 その準備運動が済むと、二本の棒の部分をそれぞれ左右の手でしっかりと握り締めた。


 そして足を広めに開き、それを胸の高さまで持ち上げた。


 大きく息を吸い、それをまたゆっくり吐いた。


 と、腰を入れ、目をかっと見開くと、


「ダぁーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!」


 汚い絶叫が響き渡った。


 でも今回ばかりは相手が悪い。いくら先輩が先輩とて簡単にはいかない。


「キ˝イ˝イ˝イ˝イ˝イ˝イ˝イ˝イ˝イ˝イ˝ィ˝ィ˝」


 歯を食いしばって顔を真っ赤にして全力を振り絞る先輩。


「ぬ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝あ˝」


 野獣のうなり声と金属の擦れる音が激しく戦う。


 手に汗握って見守るあたしたち。


 知恵の輪とはなんぞやという問いが頭をよぎる。


 ついでに美少女とはなんぞやという問いも頭をよぎる。


「の˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝オ˝」


 先輩がいくら気合を込めようとも細い腕はぷるぷる震えるばかり。


 半端なくかわいいけどそれ以上にイカれてると恐れられた先輩とて、さすがにこの相手では無理か……


 しかし!


 ──そんな空気になりかけたその瞬間!!


「がああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ!!!!!!」


 知恵の神の悲鳴が両耳をつんざくと同時に、先輩の左右の手が一気に大きく離れた。


 あわれ、金属棒は右手側の丸く固く閉じられていた部分が無理矢理にこじ開けられ、だらしなくぐにゃぐにゃに伸ばされて絶命していた。


 ふうふうと肩で息をついている先輩だったけど、大きく息を吸い込むとかっと目を見開き、


「どうだーーーーーーーーーー!!!!!!」


 右手の拳を天に突き上げ、勝利の雄叫びを上げた。


 マジでやりやがったよこの人。マジすげえ。


 その女傑っぷりに一同最大限の拍手と喝采を贈った。


 そして先輩はこの戦いでまたさらに成長を遂げたらしい。


 伸びた棒を生き残っていた方の輪っかに突っ込み、「ぬんっ!!」と力を込めて元の形に戻した。


 外すのも組み付けるのも筋肉で。


 知恵の輪というものの尊厳は一人の小柄なお姫様によって完膚なきまでに叩きのめされた。



 これならさすがに先輩も満足したはず。


 おでこ先輩の驚く顔やかわいい笑顔も見られてよかった。


「それじゃまた料理部戻りましょ。アップルパイ♪ アップルパイ♪」


 浮かれて廊下をぴょこぴょこ跳ねていたら、


「こらこら何言ってんだお前」と首根っこ掴まれて「ぐえっ」ってなった。


「今まで腕力しか見せてねえじゃん。脚力も凄いってとこ見せとかないとだろ」


「いやもうそんなんどうでもいいっす」との抵抗も虚しく、またあたしは引き摺られていった。




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