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先輩とあくび

 先輩がふにゃふにゃしている。


 目はとろんと視線が定まらず、会話のテンポが微妙に遅く、受け答えはいまいちズレている。まあ最後のはいつものことなんだけど。


「寝ていいですよ?」

 こんな状態でおしゃべりに付き合わせるのも悪いし、あたしはまあスマホでもいじってるし。


「そうだな。んじゃちょっと寝るわ」

 先輩はぐにゃりと机に突っ伏した。


 あたしはそれを見届けると、スマホを取り出した。


 それををポチポチする。


 ――――


 窓を閉め切った涼しい部屋で聞こえてくるのは運動部の掛け声。時折の高い金属音は野球部のものかな。うちの学校はソフトボール部がない代わりに野球部がある。練習は結構厳しいらしい。秋という季節になってしばらく経つけど、それは名ばかりで残暑は厳しい。ご苦労なこって。


 涼しい部屋でぶどうのグミをむにゃむにゃ食べながらスマホをいじってだらだらしているだけのあたしとは正反対だね。今天国な分、怠惰の罪で地獄に落ちるかも。


 まあそうなったときはすうすう気持ちよさそうに寝てるこの人も一緒だろうし、地獄の鬼だろうと閻魔様だろうと彼女に木の棒さえ持たせれば相手じゃなさそうで安心だけど。


 しっかしこの人、言動は猿に毛が生えたぐらいの粗さなのに、大人しくしてるときはほんとマジかわいいんすよね。なんなんだろうね。特に髪が綺麗。マジ神がかってる。髪だけに。


 手を伸ばしてその長い黒髪をすいてみると、指の間をなめらかに流れて落ちていく。するりとすべるその感触が心地よくて、二度も三度もやってしまった。だけど髪たちは少しも乱れることはなく、相も変わらず何事もなかったかのようにしなやかなまま。


 さすが先輩の髪だけある。それらに意志なんてないけれど、彼女そのものといった性質だ。


 でもそんな先輩も目を覚ました時はきっと不快な思いをするだろうね。


 先輩はうつ伏せで左を向いた顔が右腕の上に乗っかってんだけど、これはアレだもん。起きた時手がシビれまくってるやつだからね。


 あれから結構時間経ってるしずっと同じ姿勢だし、もう多分感覚ないよ。絶対。


 その時はどんな反応をするだろうかとほくそ笑みながら、またグミを口に入れた。


 と、呼吸以外微動だにせずいたその彼女の頭がぴくりと動いた。おやと注目していたら、それからまたしばらくして今度はさっきよりも大きく逆の方向に傾いた。


 それから「う~ん」とかすかな声が漏れ聞こえた。


 起きるかな? と思ったんだけど、でもそれからまた動きもなく。


 けどそのまま一分ほどしたところでまた「ぬう~ん」と声が。


 その声に頭がぬうっと持ち上がると、彼女は「う~ん」と腕と背中を後ろに大きく反らせた。


 それから両腕を机の上に置き、通常の姿勢にとなった。


 右の頬はうっすら赤くなっていて、うつろな目はどこを見てるんだか分からない。これ以上ないってぐらいの寝起きの顔。


 様子からすると右手はどうやら痺れてはいないみたい。先輩だしマヒ耐性でもあるのかな?


 再起動直後の先輩はそのまましばらくぼ~っと虚空を見つめていたんだけど、一つ大きなあくびをすると、その口をもにゃもにゃした。


 そうしてまた空を見てるんだか見てないんだかの後、またのっそり両手を上げて「う~ん」と伸びをした。


 また手を机に戻すと、また目を細めて口を大きくいっぱいに開いて……


 ――だけど――


 だけどここであたしの手がなぜか勝手に動いてしまった。


 本当になんでかは分かんない。あたしは袋の中のグミを一つ、無意識に手に取っていたんだけど、なんでかあたしの親指は先輩に向かって軽くそれを弾いた。


 そのグミは一直線に飛んで行き、先輩のあくびの大口に飛び込んだ。


 ――瞬間――


「かはっっっっッッッッ!!!!!」


 前のめりに先輩は悶絶した。


 寝起きの喉にグミが詰まる地獄。


 胸を押さえて髪を振り乱して先輩は悶える。


「先輩!!!!!!!!!!!!!!!」


 なんか無意識に意味分からんことやっちまった!!!


 えらいこっちゃ!!! どうにかせんと!!!


 でもあたしが慌てて先輩のもとに駆け寄ろうとした瞬間――


「カっっっっッッッッ!!!!!」


 先輩の口から紫の物体が飛び出したと思ったら、あたしの口にそれが飛び込んできた。


「はっっっっッッッッ!!!!!」


 あたしの気道をぶどうのぐにゃぐにゃが塞いだ。


(は!?!?!? マジ息できねえ!!!! 死ぬ!!!!)


 錯乱状態であたしは自分の胸を叩きまくったら、


「ガハっっっッッッッ!!!!!」

 とそれはむせて咳をしまくっている先輩の口にまた突っ込んでいき、


「ガヘっっっっッッッッ!!!!!」

 とまた先輩を呼吸困難にし、それはまた再び


「ゲヒっっっっッッッッ!!!!!」

 と激しく咳き込みまくっているあたしをさらに苦悶させ、


「ゴフっっっっッッッッ!!!!!」

 とそれは先輩をさらに死の淵へと追いやり、またしても、


「グフっっっッッッッ!!!!!」

 とあたしを――


「ゲほっっっッッッッ!!!!!」

 先輩を――


「ゴハっっっッッッッ!!!!!」


「グへっっっッッッッ!!!!!」


「ゴヘっっっッッッッ!!!!!」


「ゲはっっっッッッッ!!!!!」


――


――


――


……


 そしてなんか先輩死亡。南無。


 なんかわからけどあたしが勝ったみたいだしまあよし。


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