先輩と手作りスイーツ
「やあやあ!」
先輩はドアを開けると、また不釣り合いな大声で、パステルピンクのエプロン姿の女子に呼びかけた。
ここは調理室、料理部の部室。なにやら甘いいい匂いの空気が充満している。
ここにもまた同じクラスの子が一人いた。斜め前の席なのでわりとよく話す真面目でちょっとかわいい子だ。そういえば料理部と言ってたような気がするかも。
「おー? お姫ちゃんどうしたのぉ?」
水色の三角巾をふわふわの頭に巻いたその人が垂れ目の目尻をさらに下げて先輩に微笑みかけた。キリキリ厳しいバスケ先輩とは正反対、ぽわんぽわんのかわいらしさと対応だ。
先輩は同学年の人からは姫とかお姫とか呼ばれてるけど、見た目由来で本名も家柄も関係ない。というか中身も全然姫じゃない。ガワはともかくとしてこんなキテレツな姫がいてたまるか。
「お前今日アップルパイ作るって言ってただろ。ちょっとりんご余ってない?」
先輩もにこにこその人に同じ笑顔で言った。
「あるかなぁ? でもなんで~?」
「私ものすごい怪力になったんだ」
またまた先輩はどうよと自慢げに胸を張った。
「え~? 前と全然変わってないように見えるけど~?」
ぽわぽわ料理部先輩は目を丸くした。
「だからぁ、この見た目でバカ力ってのが面白いんじゃんか」
三度目ともなると先輩も少し面倒くさそうだ。
「ふ~ん。じゃあでもなんでりんごなのぉ?」
「そりゃあれだよ。フィジカルを見せつけるための食材っつったらりんごって昔から決まってんじゃん」
「ちょっと意味分かんないんだけど~」
ぽわぽわ先輩だけじゃなく、部員全員の頭の上に?マークが何個も浮かんでいる。
でもこの素っ頓狂なやり取りに、やっぱりここのみんなも好奇心をくすぐられたみたい。部長らしき三年生の人がりんごを一つ、先輩に手渡した。
先輩は「あざっす」とお礼を言うとさらにビニール袋も借り、念入りに手を洗った。そうしてりんごを持った右手をその中に入れた。
「じゃあいくぞ!」
興味津々で見守るみんなとあたし。
「ふんッ!!!!」との気合で、ビニール袋の中で赤と黄色が爆散した。
「すご~い!」
先輩はこれまでのデモンストレーションの中でさらなる成長を遂げているみたいだ。顔も般若になってなかったし、この程度のことならもはや楽勝らしい。
歓声を浴びながら、先輩はさらに破片を揉んだ。それをガーゼでこし、先輩の手作りりんごジュースが完成した。
それからさらに先輩はアップルパイにくるみが使われていることも目ざとく見つけ、それの殻も素手で容易くバキバキに割った。
「はいよっ! 私特製手搾りりんごジュースと手砕きくるみセットお待ちっ!」
お姫の破天荒なメニューの完成を一同拍手でお祝い。
部員さんたちを差し置いて、まずあたしが試食することになった。
まあ手も洗ってたし毒物を混入させた様子もないので大丈夫かな。
「いただきます」と、まずはくるみをつまんで口の中に入れた。
瞬間、衝撃が走った。
(これは!)
「どうでいどうでい! ウチのは全部機械なんか使っちゃいねェ素手で潰したヤツだからな! 職人技ってヤツよ! コクと深みが全然違うだろ!」
てへへと満足げに鼻の下を人差し指でこする先輩。
普通過ぎてびっくりしましたと言える雰囲気ではないので、
「凄いです! さすがっす! なんか分からんけど凄いっす!」
と、大人の対応をしておいた。
よせやいと先輩は感慨深げに大きくうなずいたのでよし。
で、次はジュース。
「いただきます」と、グラスを手に取り、口に含んでみた。
瞬間、衝撃が走った。
(これは!)
「どうでいどうでい! これも手だけで潰したヤツだからな! 私の手の平のエキスがたっぷりしみ込んでて私味って感じでうまいだろ!」
「これはマジでうまいっす! くるみはまあ普通だったんですけどこれはマジでガチのやつです!」
市販のものとは全然違う甘みと酸味と香りの絶妙なバランス。手作りのせいなのか先輩汁のせいなのかは分からんけど、こっちは劇的においしかった。
部員八人とあたしと先輩で一個じゃ足りないので、さらに先輩は二個りんごを追加で握り潰し、みんなに振る舞った。
みんなもあたしと同じく、くるみは普通だけどジュースはおいしいとの感想だった。
さて、ここでもちやほや褒められご満悦な先輩だけど、まだ物足りないらしい。
「面白いもの見せてもらったし~、アップルパイ焼けるまであともうちょっとかかるけど~、食べてったら~?」
との素敵すぎるお言葉に、「んじゃ一通り私のパワーを見せつけてきたら戻って来るわ」と答えると、またあたしを次の場所へ引き摺っていった。