先輩と毒ガエル
「先輩のせいで嘘でもペンギンがちょっと怖くなっちゃたじゃないですか」
すごい数のこの子らが一斉に立ち上がってシャーって襲ってきたらと思うと恐ろしい。
「嘘じゃないってば。こいつら二足歩行だしいつか人間に取って代わってやろうと企んでるから」
「どんなB級映画ですか……って、もうすぐウミガメのエサやりみたいですよ」
パンフを見ながらウミガメゾーンへ。
ちょうど着いた途端に始まって、大きなカメさんが水面に浮かんだキャベツをもしゃもしゃ食べている。
「おほ~カメもかわいいですねえ」
「でもこいつ裸になったらクリオネになる?」
「手をパタパタしてるのはちょっと似てるじゃないですか」
「でもそんだけじゃん。これ殻剥いたらトカゲじゃん。裸のカメってトカゲじゃん。じゃああいつトカゲってことじゃん。でも全然トカゲじゃないじゃん。意味分かんねえ」
「先輩の方が意味分かんないです」
さて、カメさんがお腹いっぱいになったところでまた移動。
「ここもなんかおいしそうなのいっぱいですね」
でっかいエビやカニなど、片っ端から網で焼きたいゾーン。
「ここ見てたらお腹すいてきた」
ということでレストランへ。
「うわぁ! お魚見ながらお魚食べれるなんて最高ですねえ」
真横の壁一面が大きな水槽で、派手な原色の熱帯魚が泳ぎ回っている。
「カラフルな魚ってあんまりうまそうじゃないよな。金魚もそうだったし」
「やっぱり金魚食ってんじゃん」
「冗談だよ」
にやにやする先輩。ほんとか?
くるくる泳ぎまわるお魚を見ながらだと待ち時間も全然苦にならない。すぐにあたしの海鮮丼と先輩のイカ墨パスタが来た。
「先輩お祭りの時もですけどなんかイカばっか食べてますね」
「たまたまだよ」
こんなおしゃれな場所でくちびる真っ黒。この人ほんと女子力皆無だなと思う。
まあでもあたしも味は気になるので一口あーんしてもらった。ニンニク臭の黒いぐねぐね。この世で最も情緒のないあーんかもしれない。味はうまかった。
先輩が昼食代も出すと言ってくれたんだけど、さすがにそこまでさせるのはということで、自分の分は出した。
「じゃあ次はどこ行こっか」
腹ごなしにやって来たのはふれあいゾーン。
子供も大人もみんな水槽に手を入れた瞬間歓声を上げている。中を泳ぎ回っているのは体長数センチの黒っぽい小魚で、差し入れられた人の手にうじゃうじゃと群がっている。
「どれどれ」とまずは先輩がドクターフィッシュに肌のお手入れをしてもらう。
手の平が沈んでいき、手首が水面まで達したところで――
「あんっ」
なんとも艶めかしい声が響き渡り、周囲の視線があたしの隣に集中した。
「先輩。なんですかそのエロい声は」
「でもでも……あっあっ……」
先輩は顔を真っ赤に身をよじらせ、うじゃうじゃの魚につんつん吸われるたびに扇情的な声を上げた。
そこまでなわけないだろうとあたしも手を入れたら、
「ひゃんっ」
同じような声が出てしまった。
「あいつらやりますなあ」
「まあちょっと手がすべすべする気がしないでもないな」
あの感触はちょっとよかった。帰りにもう一回やってもらってもいいかもしれない。
それから他の魚にエサをあげたりして隣に移動。
ここは期間限定の企画展、毒のある生き物コーナー。
フグやらオコゼやらの魚にクラゲやイソギンチャク、カラフルなタコなど、危険な生き物たちが一堂に会している。
でもその中であたしの目を引いたのは、
「先輩。これ今日の先輩そっくりですよ」
赤と黒の色遣いがどぎつい、いかにもって感じな毒ガエル。
「先輩も触ると死ぬって感じでこいつそっくりですよね」
「まああれだ。綺麗なものには毒があるもんなんだよ」
「でも綺麗っていうかこれキモいですよ」
「キモいのは色だけで顔はかわいいからいいんだよ」
先輩の自信はどんな時でもビクとも揺るぎない。
「そういえばこいつも食べると結構うまいんだよ」
「マジ?」
「マジだよ。毒がある動物ってうまいから毒出して食われないようにしてんじゃん。ここだとフグもそうだろ?」
「たしかにカエルは鶏肉みたいな味って聞いたことがありますけど」
「うん。鳥のささ身みたいな淡白な感じだったよ。でも私が食べたときは大変だったよ。ちょっと毒の処理が甘くて死にかけちゃったんだから。てか一回死んじゃってるから。心臓止まっちゃったんだけど、心臓マッサージしてもらってなんとか生き返ったんだから」
先輩はまたにやにや意味深な笑みを浮かべたんだけど、
「嘘じゃん」
これは分かりやすい。
「嘘じゃないよ。あんときはもう泡吹いてぶっ倒れて救急車呼んで大変だったんだから」
先輩はやれやれと欧米の人みたいなジェスチャーをしたんだけど、
「いやだから違いますよ」
「ん?」
「先輩がこんなカエルの毒程度で死ぬっていうのが嘘だって言ってるんです」
「そっちか」