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先輩と水族館

 今日は先輩のおごりで水族館へ行くことになった。


 夏祭りの時は、浴衣で下駄で酸欠で先輩という四重苦を背負いながら市をまたいだ逃走劇を繰り広げたせいで、その後三日間足ガクガクで歩けなくなってしまうというえらい目に遭った。夏休みで助かった。


 なのでその後の先輩からのメッセージは全部怒りの既読スルーだったんだけど、今回はふざけたことは絶対いたしませんと誓約をさせた上に、費用も先輩持ちということで承諾した。


 夏休みの大きな水族館なので混んでるかなとは思ってたんだけど、その規模のせいか人も分散しているし、平日だしということで、空間はそこそこあって快適。


 先輩はダボダボの半袖ハーフジップの赤いパーカーに黒のボディバッグとショートパンツというスタイル。


「イルカのショーとかでびしょびしょになるかもじゃん」

 とのことで、あたしもこんなひらついた白いのじゃなくて、ラフな色物にしときゃよかった。


 まあ着てきちゃったものは仕方がない。


 ということで、まず最初、入り口を入ってすぐどーんと目の前に広がる大水槽。迫力満点、圧巻だ。


 青いネオンカラーの岩礁を大型の魚の群れは一定方向に等速で周回し、小さな魚の群れは不規則に逃げ惑い、中型の魚はその中間の動きを、細長い魚は管の中、そして超大型の魚たちは遅いのもいれば速いのもいて悠々力を誇示している。大きいのも小さいのも、細いのも平べったいのも、綺麗なのも地味なのも、とにかく魚だらけ。


 ガラスにへばりついてうっとりそれらを眺めていると、ふと先日のことが思い出された。


「先輩。こないだの金魚すくいの金魚、あれどうしたんですか?」

「ああ。完全勝利して満足したから全部返したよ」


「へー。さすがに多すぎでしたもんね」

「あんな量飼えないし金魚は食べれないからな」


「でも一応先輩の好きな川魚ってことになるんじゃないですか?」

「そうなんだけど小骨多いし臭いし小さいしめんどくさいんだよ」


「食ったことあるんかよ!」

「冗談だよ」


 先輩はこっちを向いてにやっとするとまた元に戻り、ちょうどやってきたこの水槽のヌシと思しき巨大なサメを目で追いかけた。


 先輩の嘘は分かりやすい時と分かりにくい時が入り乱れてて困る。そしてこれは後者だ。先輩なら食べてても全然おかしくない。


 さてダイナミックなおさかな祭りは十分堪能したので、個別展示ゾーンへ。


「や~んかわい~!!!」

 クリオネの水槽の前でせっかく脳天から声を出してみたのに、


「でもこいつ和名だと『ハダカカメガイ』って言うんだぜ」

 思いっきり冷や水をぶっかけられた。


「ペンネームは『プラムキッズビッグマウンテンパディフィールド』みたいなキラキラネームなんだけど、本名『大山田梅子』みたいな感じ」

「なんですかその例え。全国の大山田梅子さんに謝ってください。あと最初のペンネームの方も全然キラキラしてないです」


「でも裸で亀で貝だよ? なかなか意味不明だよな。亀なのに甲羅ないし、貝なのに殻ないんだよ? てかどっちも堅いもんの中に閉じこもってる同じような奴らだしわざわざ被せる必要ある? ハダカガイかハダカガメでよくね? てか亀も貝もあいつらの一番の特徴って甲羅と殻じゃね? それ裸にしちゃったらもう亀でも貝でもないじゃん。ただの裸じゃん。もうただの裸の何かじゃん。名前『はだか』でいいじゃん。あとこいつら天使とか妖精とか言われてるけど、仲間に『クリオネ・リマキナ』っつって、ナメクジみたいな女神って名前のもいるんだよ。海なのにナメクジだよ? 溶けて死ぬじゃん。産まれた瞬間死ぬじゃん。てか産むやつも死んでるはずじゃん。一体どうなってんの?」


「先輩。すごい語りますけどなんかクリオネに恨みでもあるんですか?」


 先輩の因縁を流しつつペンギンゾーンへ。


 大小様々なまるっこいのがきょろきょろしたりぷるぷるしたりよちよちしたりしている。天国かな?


「ペンギンいいよな。私足短い鳥がぺたぺた歩くの好き」

 先輩の顔が子供を見守るお母さんみたいになった。


「いいですねえ。そういうの」


「でもペンギンって立ってるように見えて、骨格はしゃがんでる感じになってるんだよな」


 先輩は基本アレなんだけど、さっきのクリオネといい、妙なところの知識を持ってたりする。


「あ~。なんか知ってます。体の中で曲がってんですよね?」


「そう。だからあいつら人間が見てないとこだと立ち上がるんだよ」

「はい?」


 先輩はあたしの方を向いてまたさっきみたいな含みのある笑みを浮かべると、


「よっこいしょって感じで立ち上がって足伸ばしたときは普通に歩けんの。歩く音もぺたぺたじゃなくてすたすたなの。走るときも綺麗なフォームで人間より速くて、百メートル六秒切るくらいで走れんの。そんで陸上でも結構狩りをしててさ、別の鳥とかアザラシに集団で襲い掛かってんの。だから実はめちゃくちゃ獰猛なんだけど、でもそんなんしてたら人間に人気出ないからさ、人の目があるところでは間抜けな感じを出して猫被ってんの。でもやっぱり気ぃ抜いてるときとかさ、うっかりソファで足組んでコーヒー飲んでくつろいでるとこなんか見られちゃったりするんだよね。そしたらもうその人終わり。やべぇ! 見られた! 殺るぞ! って。ダッシュで襲い掛かってきたこいつらに目ん玉とかつつかれて死ぬんだけど、それ全部シロクマのせいにされてたりすんの。あの人ヤったのシロクマですってつぶらな瞳で訴えかけてきたらもう人間なんかコロッと騙されちゃうよね。だから南極あたりの行方不明事件の九十五パーセントぐらいは実はこいつらの仕業なんだよ。恐ろしいだろ」


 よくもまあべらべらと。ふふんと得意げな顔だけど、


「先輩。シロクマ南極にいないですよ?」

「あ」

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