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先輩と星空の道

 天の川が見えるほどの田舎でもないけど、空に星はいっぱい。


 まばらに家がある田んぼ道を先輩を背負って行く。空が広くて星を見ながら行くにはいい。


 周りには誰もいない。かなり前の方を歩く親子連れの影が時折車のライトに照らされて浮かび上がるぐらい。


 右側にはそれなりの道が平行に走っているんだけど、その先に目的地の看板が光っているのが見える。


 下駄の音は二人分なのでちょっと響きが鈍い気がする。先輩と二人で、でもあたし一人で、そこを目指して行く。


「重いだろ? やっぱり歩こうか?」

「はい。お願いします」


「おいコラ! そこは全然余裕だしとか言うところだろ!」

 降りるつもり一ミリもねえし。


 それにしても先輩軽いな。今まで何度か抱えたり担ぎ上げたりしたことはあったけど、ちゃんと運びやすい体勢だとそれがはっきり分かる。背中で感じる体も女子って柔らかさだな。それから先輩体温低いな。だからあんまり汗かいたりしないのかな。これなら駅まで行けるかもしれないな。


「ほんとは花火があるとよかったんだけどな」

「ですね」


「主人公たちしか知らないとっておきの穴場で観たりとか、でっかい花火は見れなかったけど手持ち花火で線香花火でしんみりしたりするみたいなよくあるやつもやりたかったよ」

「ありますねえ」


 先輩が声を出すたび、それと一緒に生暖かい吐息が頬に当たる。ちょっとくすぐったいな。最後に食べたたこ焼きのソースが口の周りに残ってるのかな。いつもの先輩のいいにおいにラムネとそれが混じってる。


 え!? てことはじゃあ逆に先輩はあたしのにおいガンガンにかいでるってこと?


 え!? え!? じゃあ先輩から最後に食べたにおいがするなら、あたしは焼きイカとラムネのにおいが混ざったやつ!? あと今日暑かったし結構汗かいたし先輩の顔あたしの耳元だしそれも混じってんの!?


 急に不安と恥ずかしさが込み上げてきた。こんな変なお面でも今は被りたい。


 でも先輩はあたしの急激な鼓動の高まりなんて知らないとばかりに、


「ほら。夏の大三角」

 空を指さした。


「どれですか?」

 今はちょっとそれどころじゃないのであれだと言われても分からない。


「あれだよあれ。明るいのが三つあるだろ」

 先輩は指を三角形に動かした。


「あ~。あれですか」

 たしかにやたらと明るい星が三角に光っている。


「うん」


「でも正三角形じゃないんですね。もっとちゃんとした三角だと思ってました」

「それは冬のやつだな」


 へー。先輩なんか理系っぽいこと言うじゃん。


「へー、で、あれはどれがなんて星なんです?」

「そこまでは知らない」


 まあそんなこったろうとは思ってたけど。まあでもこんなロマンティックなこと言ってくれるなんて、あたしのにおいは別に気にしなくてもいいのかな。


 ちょっと落ち着いた。


 やがて満天の星空という風流な景色も終わった。


 田んぼの道から今は民家の間。なので下駄の音がよく響く。そこを右に曲がってちょくちょく車が通る道の方に向かった。


 さすがに先輩の体温もあたしの体温と合わさってより熱く感じられるようになってきて、足の親指と人差し指もひりひりと熱を持ち始めてきた。


 やっぱり駅までは無理だね。


 まあ降りてもらってもいいけどあとちょっとだし、ここまできたんなら頑張ろう。


 と、歩道のない道をあと百メートル根性を出そうとしているところ、後ろから車が近づいてきた。


 速度の遅いその車がゆっくりあたしたちの横を通り過ぎた瞬間、ブレーキランプが強く光り、そのまま十メートルほど先で停車した。


 そして助手席側のドアが開き、中から人がこちらを見ながら出てこようとした瞬間、先輩の叫び声が耳元を襲った。


「逃げろーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」


 なぜかの大声で右の鼓膜が破れそうになった。


「え!?????????????????????」


 あたしは人もいない暗い道を歩いてきたせいで、むしろその白黒の車とその制服を見て安堵したのに、でも先輩のその声でおまわりさんの顔が戦闘モードに変わったのを見て、瞬間的に本能が覚醒し、気付けば今来た道を猛烈な勢いで逆向きに疾走していた。


「はよ逃げろ!!!!追いつかれるぞ!!!!!!!」

「待ちなさいコラ!!!!!!!」


 けたたましい下駄の音が足元から、先輩の怒号が耳元から、女性警官の高い叫び声が背中から聞こえるなか、あたしは田んぼ道を突っ走った。


 面が割れないよう、先輩によって人面太陽のお面を顔の前に装着させられたことで呼吸もままならない。でもこうなってしまった以上、逃げるしかない。


 薄い酸素のなかをただひたすら走って走って走り続けた。


 そうして田んぼを越え、住宅街を越え、線路を越えてもまだ追いかけてくるおまわりさんを山一つ越えたところでようやく撒いた。


 そこはもうお祭りがあった街ではなく、あたしにはすごく見覚えのある街だった。


 帰巣本能も覚醒していたのだろうか、無我夢中の無意識のうちに、戸成野市のあたしの家のそばまで来ていた。


「逃げ切ったな」


 耳元にマスク越しのくぐもった声。


 あたしは体のエネルギーを使い果たして精魂尽き果て、返事をする気力もない。


 でもそれからしばらくぜいはあぜいはあ呼吸に専念したおかげで、なんとか落ち着いてきたので、逃げながらずっと思っていたことを息も絶え絶えに聞いてみた。


「なんで…………なんで…………先輩…………逃げろって言ったん…………ですか…………」

「なんでって、警察見たら普通逃げるだろ」


「いや普通逃げねえし……。あれ多分夜に女の子二人で片方がおんぶされてるからって心配で声かけてくれたんでしょ……」

「おお! そういうことだったのか! 確かにそれっぽいな!」


 先輩はびっくり仰天って顔をした。背中の上だしマスク越しだしで分からんけど。


 そうして先輩は、


「じゃあここなら大体分かるし、私一人で帰るわ」


 先輩はあたしの背中から降りると、鼻緒が切れていない左の下駄も脱いだ。


「コンビニは……?」


「ああ。今の時代防犯カメラで犯人とかすぐ捕まっちゃうだろ? コンビニとかカメラだらけだし、だから今日はこれで帰るわ」

「……」


 先輩は太陽マスクのあたしに、


「今日は楽しかったぞっ! じゃっ!」


 と、叫びのマスクの横に右手を上げ、両足裸足で爆走していった。


 いやほんとマジでなんなん。


 もう怒りを通り越して笑うしかなかった。


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