先輩と下駄
「いや、私も本当は持ってこないつもりだったけど、なんかあったら困るし写真も撮れないと思ってさ、お前が持ってこないんならいいだろって」
先輩は涙目で両方のこめかみをさすった。
「よくねえよ! 現代っ子がスマホ持ってないときの絶望感たるや! スカートでパンツ履き忘れてきたときぐらいですよ! てかスマホかパンツか選べって言われたらスマホ選ぶ勢いですよ!」
「でもそんなんだったら私が来たときその絶望が光に変わるみたいな凄いドラマチックでいい感じだったんじゃないの?」
「いえ、青い舌の写真撮ってるときは浮かれてて気付かなかったけど、冷静になってよく考えたら、『そういえばあいつなんでスマホ持ってんだ?』ってなってて怒りしかなかったです」
まあほんとにほんの少しのちょっぴりぐらいは、ちょっとときめいてしまったかもしれないということもなくはなかったかもしれないけども。
「もーせっかくのお祭りなんだしそんなにぷりぷりすんなよー。なんかおごってやるからさあ」
ごめんごめんと先輩は多少は申し訳なそうな顔をした。
おや。まあ怒ってるっちゃあ怒ってるけど実のところはそれほどでもだし。今ならなんでも言うこと聞いてくれそうだ。これはこれは。しめしめ。
「ふうん。じゃあそんならあたしお面が欲しいです」
あたしは非常にご立腹ですよというふうに口を尖らせて言ってみた。
ということでお面屋へ。
「これです」
あたしはお目当てのものを指さした。
「なにこれ。お前こんなん欲しいの?」
例のうねうねの背景でうねうねした人が耳に手を当ててヒョオオって顔してるやつ。
「違いますよ。これ先輩が着けるんですよ」
「やだよきもい」
でも今の先輩に拒否権はない。先輩の叫びを先輩のスマホで撮影。
あたしも先輩のお金ということで、黄色い太陽にリアル調の顔がある、南米の国の国旗にいる人みたいなやつにした。それを被って二人で自撮りした。
さて、結構楽しませてもらったし、もう許してあげましょう。
あたしは右手で先輩の左手を取ると、次の屋台へ向かった。
さっき食べたかった焼きイカとついでにラムネを買って、先輩のタコ焼きを一個あーんしてもらって、射的で狙いから大きく逸れた弾の先にいた謎の人形をゲットして。
お祭り最高!
でもそんな楽しい時間だからこそ、あっという間に過ぎてしまう。
ここのお祭りは花火は上げない。人を避ける回数が徐々に減っていくのと反対に、片付けに取り掛かっている屋台が一つ、二つとその数を増していった。
二人手を繋いでその中を行く。さっきが嘘だったみたいに寂しくなってしまったけど、その余韻もまたよいものだ。頭の横でそっぽを向いているお面の不気味さも、この子らお祭りではしゃぎすぎちゃったんだろうなあという残念風味な微笑ましさを演出していて非常によい。
そうして下駄の音と一緒に名残惜しさも引き摺りながら鳥居まで来た。
来たときとは逆の方向にくぐればあたしたちのお祭りは完全に終わり。脳が帰宅モードに切り替わることだろうな。すごく楽しかったよ。ありがとう。
と、そんな感傷に浸っていたあたしだけど、最後の最後のところ、急にその歩を止められた。
先輩がいきなりしゃがみ込んでしまった。
「先輩?」
どうしたんだろうと声を掛けたら、先輩はあたしと繋いでいた手を放し、右の下駄を脱いで鼻緒を両手に持つと、
「ふんっ!!!!!!!!!!!!!」
それを引きちぎった。
あたしが唖然としているところ、
「鼻緒切れちゃった……」
と上目遣いであたしに言ってきた。
これアレだ。これもお祭りの定番、ヒロインの履き物の鼻緒が切れちゃったアレ。先輩それもやりたいんだ。
「『切れた』んじゃなくて『切った』んじゃないすか!!!」
さすがにあたしも切れた。
「こまけえことはいいんだよ。か弱い女子が鼻緒切れちゃって困ってるってんならお前やることは一つだろ」
「か弱い女子は下駄の鼻緒を引きちぎったりできねえよ!!!」
「まあまあそんなどうでもいいこと置いといて。な? おんぶしてくれよう。なあなあ、おんぶしてくれよ~う」
「てかもう女子じゃないじゃん! それもう完全に子泣きじじいじゃん! それにここから駅までどんだけあると思ってんですか! いくら先輩が軽いからっていってもこの距離はさすがに無理ですよ!」
「いや。来る途中でコンビニあっただろ。そこでなんか履き物あったら買うし、なくてもヒモとかガムテープでなんとかするから。だからちょっとだけ。な? だからそこまでおんぶしてくれよ~う」
先輩は眉を下げた情けない顔でおんおんとせがんできた。
ほんと情けない顔。
「…………はあ…………。絶対コンビニまでですよ?」
あたしもちょろいかもしれない。