先輩と夏祭り
浴衣姿の先輩の圧倒的破壊力ときたら。
濃紺花柄絞りの浴衣に落ち着いたすみれ色の帯という先輩らしいチョイスもさることながら、手毬のかんざしと牡丹の髪飾りで和に仕上げられた黒髪のアップがほんともうたまらん。
白地に赤い花のあたしと並んで歩いたときの絵もいい感じになるんじゃないかな。まあでもみんな先輩しか見てないんだろうけど。
ここは先輩の家と高校がある内野市でも、あたしの家がある戸成野市でもなく、それらの横に接する遠井市。あまりゆかりのないその街の外れの、そんなに大きくはない神社のお祭りに行こうやと、先輩に誘われた。
最初めんどくせえと言っていて、今もきついだのなんだのぶつくさ不満だらけなんだけど、あたしがここへ来るための交換条件として浴衣を着てきてもらった。
でもその代わりというか代償というか、あたしもめんどくせえ条件を付けられていた。
だからせっかくのかわいい浴衣姿も写真に収められない。
じゃあ始めるかと先輩はこほんと一つ咳をすると、
「あー。きょうー。わたしー。すまほわすれちゃったー。うっかりー」
先輩が魂の抜けた顔で棒読みした。
「あらー。せんぱいもなんですねー。じつはー。わたしもー。わすれちゃったんですー。あははー」
あたしも茶番を返した。
設定を確認したところで、二人でお店を見て回ることに。
屋台の数は二十くらいかな。その狭い間を色とりどりの浴衣があっちへ行ったりこっちへ来たり、わいわいがやがやひしめいている。甘い香りに満面にこにこ笑顔のお嬢ちゃん、熱さにハフハフ苦闘するお母さん、水風船をぽむぽむ弾ませるお姉さんに、お面で魔法少女になったおばあちゃん。ただ下駄をからころ鳴らして歩いているだけでわくわくしちゃうね。
でもやっぱり自分たちもちゃんと参加しなきゃということで、熱帯夜の祭りの火照りを冷ますためにまずはかき氷を。
半分ぐらい食べたところで、んべっと青い舌を互いに見せ合った。
先輩がからし色の巾着袋からスマホを取り出し、二人の自撮り。明るい照明の前まで行ってパシャリ。
それからあたしはチョコクレープ、先輩は焼きとうもろこしを買い、一口ずつ交換。
さて、一通り何があるか見て回ったし、食べ物もお腹に入れたしということで、娯楽系のお店へ。
お祭りといえばこれ。金魚すくいに突撃。
先輩が凄まじい勢いで金魚を乱獲していくなか、あたしは一匹目でポイを破られて終了してしまった。先輩のお椀が三杯目に突入してもまだまだ終わる気配はないので、「ちょっとトイレ行ってきます」と声を掛けて、そこを離脱した。
トイレがどこにあるか知らない。だけどいい。だってトイレなんか別に行きたくない。そうしてあたしはふらふら屋台を覗くふりなんかして、適当に時間を潰した。
先輩がアレをやりたいと言ったからだ。
漫画やアニメで定番の、お祭りの混雑で恋人やら友達やらの相手とはぐれて、終わり際のいい感じの時間に感動の再会を果たすというアレ。
昔なら問題ないけど、現代ではそんなドラマは通常起こりえない。だから今の二次元の子たちはこぞって祭りの間の数時間だけ、スマホを紛失とか電池切れとか置き忘れとかするうっかりさんになってしまうのだ。そんなわけで、あたしもスマホを家に置いてこさせられた。別に『そういう体』だけでいいじゃんと言ってはみたんだけど、リアリティや緊迫感が出ないと却下された。これだってやらせのくせにと抗議したら彼女は難聴キャラになった。
さて、先輩いい加減終わってるかな。
そう思って金魚屋台に戻ろうとしたらまだいた。お椀が数十杯並べられている代わりに水槽はほぼすっからかん。ちょっとした英雄となって人だかりから拍手を浴びる彼女などそこにはいなかった、と見て見ぬふりをしながら通り過ぎた。
夜ごはんさっきのクレープだけだしちょっと小腹がすいたな。焼きイカがあったな。いい匂いだったしちょっと食べたいな。
と、そこに行ったら凄い美少女がかぶりついていたのでスルーした。
それにしても先輩どこかな~。ぜんぜん見つかんないな~。先輩のことだしわけ分からん変なとこにいるのかな~。
と、建物の裏手をひょいっと覗いてみたら、濃紺花柄絞りの浴衣にすみれ色の帯でからし色の巾着袋を持った手毬のかんざしと牡丹の髪飾りの小柄な超絶美少女と目が合った。でも暗くて細かいところまではよく見えなかったし、どっちも瞬間的に目を逸らしたし、よく似た他人だったんだなということでセーフ。
いかん。ここは人は多いけど広くはないし、先輩を見つけようとすると本当に見つけてしまう。
確かにこれは自分がアニメの主人公かヒロインになった気がしてちょっと楽しいかもと思い始めていた。
なので先輩を本気でまいてみることにした。って、いや! 先輩のことだから多分同じこと考えているはず。そうしたらまた同じようにカチ合っちゃう。だからあたしは普通に自然体で先輩を探すことにしよう。
そうしてまた屋台の間を歩き始めたら、あれほどちょろちょろ視界に紛れ込んできていたあの姿がまったくなくなっていた。
お好み焼きにもたこ焼きにも水風船にもりんご飴にも、どこを回ってみてもいない。灯篭の裏にも賽銭箱の中にもいない。またさっきの建物の裏に行ってみてもいない。お面屋さんでぜひ先輩に着けてほしいものを見つけたんだけど、隣に彼女はいない。
知らない街の神社であたし一人、スマホもない。
そんな状況に急に不安が襲ってきた。
(先輩! 先輩!)
そう心の中で先輩を呼びながら早足できょろきょろとあたりを見回す。
と、そこにちょっと似た子が。
「先輩?」
振り向いたその顔はかわいかったけど先輩じゃなかった。中学生ぐらいかな、身長も先輩よりは大きいし、浴衣も髪型もよく見なくても全然違ってた。
「すいません」と謝って、また先へ向かった。
でもやっぱりどこを見ても先輩はいない。
こんな時スマホがあればすぐに見つかるのに。たとえ連絡ができなくても先輩ほどの美少女なら、『こんな人見ませんでしたか?』って誰かに画面見せたらすぐ見つかるのに。写真といえば先輩のかわいい浴衣姿も自分でちゃんと撮れたのに。先輩が撮ったのを送ってもらわなくてもいいのに! スマホがあれば! スマホさえあれば!
散々歩き回って疲れてしまったあたしは本殿の階段に腰を下ろした。
暗い場所から明るいところを眺める。
誰もかれもみんな楽しそうなのになんであたしだけ。
(先輩! どこ!? 早くあたしを見つけて! そうしたら……)
うずくまって心の中でそう叫んだ瞬間、目の前に影を感じた。
顔を上げるとそこには待ちに待ったあの笑顔が。
彼女は何も言わず黙って手を差し伸べてきた。
だからさっき思っていたことの続きを。
――そうしたら……
そうしたらアイアンクローを喰らわせてやろう!!!!!!!!!!!!
「てかなんであんただけスマホ持ってきてんの?」
先輩のこめかみに思いっきり爪を立ててやった。




