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先輩と6号球

 理科部として使っている空き教室を出て、ちょこまか早足で行く先輩の後についていく。


 向かった先は体育館だった。


 靴と床が擦れる音が鳴り響いている。大柄な女子たちが闘志をむき出しにして激しくぶつかり合っている。あまり話したことがない同じクラスの子も一人いて、彼女もショートの髪を振り乱しながらボールを追いかけている。


 その中でもひときわ目立つ選手のやけくそ気味のロングシュートがリングに弾かれたところで笛が鳴った。


 先輩は悔しそうにのそのそと引き揚げてきたその彼女に声を掛けた。


「よう!」


 薄幸の美少女とか病弱な姫君みたいな儚げな見た目からは想像できない声量だ。


「うわぁ……」


 その長身モデル体型の美人はあからさまに面倒くさいなあという顔をした。彼女がなぜそんな顔になったのか、理由は大体想像が付く。


 彼女は紅潮した顔の汗をタオルで拭いながら、


「なんだよお前またどうせしょうもないことしにきたんだろ?」

 四十センチぐらい下の先輩を見下ろした。


「いやいや、今日はちょっとボールを借りに来ただけだよ」

 先輩はにやにやしながら四十センチ上を見上げた。


「なんでだよ」

 バスケ美人は疑いの目のまま。


「私の修行の成果をこいつが見たいって言ってるから」


「は!?」


 こちらをくいくいと親指で差す先輩。部外者のはずのあたしがなぜなんだかいきなり当事者にされてしまった。


「何言ってんすか!! あたしは強引に連れて来られただけですよ!!」

 大慌てで手をぶんぶん振ってバスケさんに訴えかけた。


 なにしろ彼女も目を引くのであたしも存在は知っていた。


 うちの学校は入学時の代により、三年間共にする体操着や上履き、ネクタイなどのカラーが決まっている。あたしの代はえんじ、三年生は緑。


 バスケさんのそれらがうちのアレなパイセンと同じ青色だったし、二年生なんだなとは思っていたんだけど、この距離感からすると二人は友達だったらしい。


 背が高くて綺麗でいかにもスポーツやってますみたいなベリーショートも似合っててかっこいいな~と初めて見た時から思っていたので、こんなイカれた人と同類と思われてはかなわない。


「修行ってなんだよ」


 でもさすがバスケ先輩は全てを察してくれたようで、あたしの方は一目見るだけで、厳しい視線はまたうちの先輩に向けられた。


「私ものすごい怪力になったんだ」

 先輩は上を見上げながらふふんと自慢げに笑った。


「どこがだよ。前と全然変わってねえじゃん」

 あたしと同じことをバスケ先輩も言うのは無理もない話だ。


「だからゴツいヤツがゴツいのは当たり前でおもしろくないだろ」

「意味分かんねんだけど」


 そうは言いながらも、バスケ先輩もこれまたあたしと同じく興味は湧いたみたい。


 彼女は三年らしき二番目に大きな人に断りを入れると、近くに転がっていたボールを一つ、右手だけで掴んで先輩に差し出した。


 先輩は両手でそれを受け取った。


 大きなボールを両手に持て余している先輩、そのアンバランスな姿が極め付けにかわいいのは認めざるを得ない。


「で?」


 バスケ先輩も先輩に和んでいるみたい。取り囲む他の部員たちと一緒に彼女の目もちょっと優しくなった。


 だがしかし、そんな先輩の愛くるしさもここまで。隠していた野生が牙を剥く。


 先輩はにやにやしたまま、ボールを持つ両手のうち、左手を下ろした。


「うお!!」


 ちっちゃい右手に貼り付いたように落ちないボールにざわめきが起こった。


「お前マジかよ」


 バスケ先輩みたいに噴き出している人よりかは驚いてる人の方がまだ多い。


「ほ~らほ~ら」


 先輩は右腕を前に出したり下に向けたり振り回したり、でもボールはぴったりくっついて離れない。


 ちっちゃい先輩とでっかいボールによるあまりにも不自然な光景に、最初驚いていた人も全員笑い出した。


 調子に乗った先輩はさらに左手にもボールを追加した。


 それもぴったり接着剤か両面テープかでも使ってるみたいにくっ付いて落ちない。


「ほ~れほ~れ」


 右へ左へ、上へ下へ、前に後ろに、両手のボールを自由自在に操ってふしぎな踊りを踊る先輩。


 みんなが盛り上がるほど先輩もさらに調子づいた。


「取ってみ」

 先輩は両手のボールを前に出して構え、バスケ先輩に勝負を挑んだ。


 バスケ先輩はむっと本気になって、先輩の倍はありそうな大きな手を左右のボールに密着させた。でも、


「どうなってんのこれ!?」


 バスケ先輩がなにをどうやってもボールは先輩の手から頑として離れない。


 他の大きな人たちがやってみても同じ、終いには一つのボールを両手で引っ張っても、先輩のそのかわいいお手てから引き剥がすことはできなかった。


「お前なんかイカサマしてるだろ!」

 絶対におかしいとばかりにバスケ先輩が先輩を睨みつけた。


 先輩が「してないって」と言うと、二つのボールは手から解放され、重力に従って落下した。それぞれ別の方向へたむたむと転がっていった。


 バスケ先輩は先輩の右手を取ってさすったり揉んだり、目を凝らして念入りに観察し、その次に左手にも同じことをした。


 美人に手をにぎにぎされ、にやにやだった先輩がでれでれに。


 バスケ先輩もそれに気付くと、さっと手を放し、先輩の緩み切った顔面を塞ぐように鷲掴みにした。


「たいたいたいたいたいたいたいたい!!!!!!!」


 先輩も顔までは鍛えてなかったらしい。でっかい手のアイアンクローにのけぞって悶絶した。


 バスケ先輩もそれで溜飲は下げられたみたいで、先輩を解放してあげた。


 でも最後先輩がサービスのつもりでボールを真上にぶん投げて天井の溝にハメたら、またブチ切れて顔面を握り潰していた。


「もう、いらんことするから」


「次は首から上も鍛えとこう」


 先輩の顔面に歌舞伎役者みたいな指の痕がくっきり残っている。


「じゃあもう先輩が凄いのわかりましたから帰りますよ」

 やれやれと部室への階段を登ろうとすると、


「いやいや、こんなんまだまだだしおやつのあてもあるからそこ行こう」

 別の棟へ向かう渡り廊下をあたしは引き摺られていった。


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