先輩と二進法
にらみ合うあたしと先輩。
一触即発の空気が張り詰める。
あたしの左手には料理先輩。
そして右手にそろばん先輩。
彼女も先輩の友達で、今回の争いの立会人兼審判。珠算部とコンピューター部の両方に籍を置いているガチな理系の人。
勝者の景品はクッキー。料理先輩手作りの逸品。
最後の一枚をあたしと先輩どちらが食べるかで勝負となった。
「んとねぇ、指で数を数えるんだけど、普通は10までじゃん。でもねぇ、二進法を使うと0から1023まで数えられるんだよ」
猫顔ショートボブのそろばん先輩は声も猫みたい。
「ほう。どういうこと?」
「んとねぇ、二進法は分かるよね?」
「あたし分かんないです」
先輩は黙っているけど、この顔は分かってないっぽい顔だ。
「ありゃま。じゃあそこから説明するね。ん~と、十進法だと0から9までの十種類の数字を使って、1、10、100、1000ってさ、10のn乗になるたびに位が上がるよね。二進法だと使う数字は0と1だけで、2のn乗になるたびに位が上がるの。だから十進法の1、2、4、8、16のとき、その数字は二進法だと、1、10、100、1000、10000って表わされるの」
そろばん先輩はさっきのおしゃべりの時は早口だったけど、今はちょっとペースを落としてゆっくり説明をしてくれた。
先輩ふむふむうなづいてるけどほんとに分かってんのかな?
「例えば十進法の21は、二進法だと16と4と1で10101になるの」
「なるほど。じゃあ10なら二進法だと……えっと……、8と2で……」
先輩は口を半開きで斜め上を見上げると、
「1010か?」
数秒のアホ面で答えを導き出した。
「うん」
先輩もついていけてたみたい。
「でね、それを十本の指を使ってやるの。曲げると0、伸ばすと1」
そろばん先輩が両手の甲を前に向けて出したので、あたしと先輩も倣った。ギャラリーの料理先輩も一緒に。目の前に両手の平。あたしも先輩ほどじゃないけど手はそんなに大きくない。
「左から数えることにするから、左手の親指だけ立てると1ね」
そろばん先輩がGJの左手をし、みんなも真似。
「人差し指も立てると3」
バキューン。あるいはいなかチョキ。
「右手の人差し指だけ立てると256」
ドーン!
「両手パーで1023ね」
ちょうだい。
「なるほど。じゃあ555は?」
即座にそろばん先輩は左は中指と小指を曲げ、右は親指と小指を立てた手を作った。
「うお! 合ってるかどうかも分からんけどすげえ!」
「てかその左手の形を一瞬でできるのが凄いっす!」
さすが珠算部とコンピューター部を掛け持ちしてるだけある。ちょっとかっこいい。
「じゃあどうしよっか。でもいきなりだとアレだからちょっと練習してみる?」
ということで、そろばん先輩以外の三人は両手グー、0の形に。
「ん~そうだね……、じゃあまずは簡単なの、513」
本番ではないけど負けられない。脳が凄い勢いで回転を始めた。
(えーとなんだ? 2を倍々していけばいいんだよね? えーと、1、2、4、8、16……、えーと、……にひゃくごじゅうろく、ごひゃくじゅうに……、えーとそれからあと1で……。! これだ!!!)
あたしは椅子が後ろに倒れるほどの勢いで立ち上がり、親指だけを下に向けた、いわゆる『地獄に落ちろ』、を両手二刀流で先輩に叩き込んだ。
まったく同じタイミングで先輩も同じくあたしに向かって左手親指を下に、右手は『お前の首を掻っ切ってやる』と真横に走らせた。
「いや合ってるけど」
阿修羅の形相で鼻息荒くメンチを切り合うあたしたちに、そろばん先輩は吹き出している。
一方の料理先輩は、親指は両手とも上向きの『いえ~い』でにこにこ笑顔。
威嚇の顔のまま、倒れていた椅子を元に戻し、腰を下ろしたところで二問目。
「じゃあ次は~……、771」
あたしは学習した。とりあえず512は右手の親指を立てる。そこから引き算していけばいい。だから771引く512は~~と……。
あたしと先輩はまた同時に立ち上がると、二丁拳銃による壮絶な打ち合いを始めた。
両者ハチの巣となって死亡。またもや引き分け。
料理先輩はその手を組んでばきゅーん☆。
「まあこんな感じでってことで本番行く?」
ついに戦いの火ぶたが切って落とされる。