先輩とめんつゆ
「でもたしかに大根おろしには近づいた気がするな」
先輩がそう言って涙をぬぐった。
「でもおろしは鼻には来ませんから改善が必要ですよ」
あたしもまだ鼻が痛い。
「そういえばキャベツの辛味も同じ成分って書いてあったな」
料理部ちゃんがちょうどキャベツも切っていたので、芯をもらってきた。
それをおろし金ですりおろして醤油のかき氷にまぶしてみた。
「それっぽい気はするんですけど……」
「もう似てる似てない以前にとにかくまずいよ……きついよ……」
先輩の顔がしょぼしょぼになってる。
「とりあえずはこのまずさをどうにかしなくちゃですね。実験続けるにもきついですし、なにより食べ物だったらまず第一においしくないと駄目でしょう」
「それはもっともだな」
料理部さんたちが何を作っているのか聞いてなかったけど、じゅうじゅうと炒め物をする音にごま油の香りも漂ってきた。音と匂いだけで唾液が出る。やっぱり料理というものはかくあるべきなのだ。
ということで、味を追求することに。
「これ何が足りないと思います?」
「なんだろうな。とにかく薄いよな」
「ですよね。氷で薄まっちゃってるのもありますけど、味に深みがないですよね」
「だな。ということはアレか」
「はい」
料理部ちゃんから余っただし汁をもらってきた。
そうしてキャベツおろし醤油氷にまだ熱いだしをかけた。氷は一瞬で溶けて消えた。
それをスプーンですくって飲んでみた。
「おお! 劇的にうまくなった!」
「ですね! だしつええ!」
さすがだし。なんの面白みもない薄っぺらい味が一気に厚く膨らんだ。
とはいえ、著しい改善は成されたものの、完成にはまだまだ。三点が八十点になっただけ。できれば九十点以上を目指したい。
なのでさらにみりんを借りてきて適量加えた。
「これだ!」
「ですね! これでいいんじゃないかと思います!」
でも先輩は妥協しない。さらなる高みを目指す。
「いや! まだだ! キャベツおろしは刻みネギに戻した方がいい!」
そうして苦労の末ついにそれは完成した。
料理先輩に味見してもらうことに。
「このかき氷食べてみてくれ」
先輩はネギが浮いた褐色の液体をずいっと彼女の前に突き出した。
「かき氷? え? 氷?」
さすがの料理先輩も動揺が隠し切れない。困惑しかない目で先輩と器を交互に何度も見た。
それでもその液体をスプーンですくって口に入れると、
「あ~、めんつゆ作ってたの~。今日うちそうめんチャンプル~作ってたんだけどぉ、せっかくだし夏だしちょっと余ってるから普通のそうめんも食べよっか~?」
かき氷の礼に食べていけということで、料理部と理科部でのそうめんパーティーとなった。
さすが料理部の料理だけあってそうめんチャンプルーおいしい。ごま油の香りもよくてだしもきいてて、ネギやキャベツなどの野菜も甘くて絶品!
それからノーマルのそうめんもおいしい。あたしたちが作っためんつゆもおいしい!
おしゃべりも楽しい!
最高!
…………ってあれ???
髪をかき上げながら麺をたぐって食べている先輩に聞いてみた。
「先輩。あたしたちかき氷食べてませんでしたか?」
「ん?」
「なんで今そうめん食べてるんですか?」
「さあ」
「ここ何しに来たんでしたっけ」
「なんだっけ」
先輩もはてと首をかしげた。
なんでこうなったんだろ?
謎。
まあそうめんおいしいからよし。