先輩と大根おろし
「でもまあ結局のところ普通の食べ物でも鼻詰まってると味分かんなくなるよな」
「そうですね」
こうして実験は終了し、作られた三つのうちのメロンを先輩が、イチゴはあたし、レモンは半分ずつ食べることに。
そうして先輩がメロンを半分ほど食べたところで、
「先輩ベロ出して」
んべっと先輩。
「きも~い」
緑色の舌を出して笑う先輩を写真に収めた。
「でも赤と混じってるかと思ったんですけど緑だけになってるんですね」
「時間経ってるしな」
と、今の自分の言葉でひらめいた。
「これ色混ぜて紫にしたらブドウの味になったりとかするのかな?」
「まだ氷あるしやってみよか」
空きの器でシロップの調合開始。
基本は赤と緑で比率を変えながら時に黄色を足したり試行錯誤。
でもなかなかうまくいかない。紫に近いところまでは行くんだけど、なんか微妙に違う。
「この三色で紫作れるんですかね?」
「どうだろ。ブルーハワイがあれば赤と青で簡単に作れそうなんだけどな」
それからまたいろいろ試してみたんだけど、やっぱりブドウっぽい紫を作り出すことはできなかった。
なので検討の結果、今の色で妥協することにした。
予想では黒蜜かチョコっぽくなるはず。
先輩が器を傾け、その褐色の粘液を氷に垂らした。
しかし。
「先輩……これ黒蜜でもチョコでもなくて大根おろしにしか見えないんですけど……」
「ふしぎだねぇ」
醤油をぶっかけた大根おろしになった。
どうしたもんかと顔を見合わせたんだけど、
「でもこれこんだけそっくりならひょっとして大根おろしの味になるかもしれんぞ」
「じゃあ一応試してみます?」
今回は見た目に味が引っ張られるかどうかを試すので、目は開けたままで鼻だけつまむ。
スプーンで茶色の氷をすくい取り、二人タイミングを合わせて同時に口に入れた。
「……」
しばらくの目を見合わせたままの沈黙。鼻から手を放すと、
「なわけなかったですね」
「甘いしな」
「さすがに脳もそこまでバカじゃないってことですね」
「でもどうだろ。これしょっぱかったら分からんぞ。案外コロっとダマされてくれるかもしれん」
「じゃあそれも試してみます?」
ということで、再び調理室へ。
「お~、お姫ちゃんたち~。かき氷冷たくてよかったよ~。ありがと~」
と、ぽわぽわ料理先輩がまた天使の笑顔で出迎えてくれた。
あたしの友達の料理部ちゃんもネギを切りながらお礼を言ってきたので、「こっちも氷と器ありがとね」と答えておいた。
「じゃあ器は洗ってそこに置いといてくれたらあとで私が片付けるから~」
料理先輩はそう言って水切りかごに目をやった。
「いや、まだ試したいことがあるんだ」
と、すみっこの調理台で実験開始。
氷を削り、それに醤油を注いだ。さっきと同じようにまた見た目は大根おろしそっくり。醤油はお寿司屋さんでムラサキと言われてるけど、昔はこの褐色が紫という色だったからという説もあるらしい。だからこれが真の紫であってるのかもしれない。いや違う。現代ではどう見ても茶色だ。
また鼻をつまんで口に。
「なんでしょうか。全然大根おろしじゃないですし普通にまずいです」
顔が勝手に曲がる。
「甘くて冷たい氷がしょっぱくて冷たくてまずい氷に変わっただけって感じだな」
先輩も顔をしかめた。
うーんと二人で考える。
「大根おろしってやっぱりあの辛味が必要だと思うんだよ」
「なるほど」
「冷蔵庫になんかあるかもしれんから漁ってみよう」
ということで、発見したわさびを足すことにしてみた。
チューブからひねり出し、醤油で溶いてわさび醤油となったものを氷にかけた。
鼻をつまむと味が分からないということで、そのまま何もしない状態で口へ。
「これはなんでしょうか……。この香りの薄い醤油味、どこかで食べたことがあるような……」
「なんかそうめんのつゆっぽいな」
「それです! それも最後の方でうっすくなっちゃったやつ!」
薬味を入れためんつゆらしきものになった。
大根おろしへの道は遠い。
またうんうん頭をひねる。
「辛味の種類が違うような気がしますね。わさびの辛みって鼻に来るやつじゃないですか。でも大根は辛いってだけで鼻には来ないですし」
「そうだなあ。唐辛子とかも違うしな。野菜だしネギなんかの辛味が多少近いような気がするな」
「あ、友達がちょうどさっきネギ切ってましたよ」
ということでネギを細かく刻んでもらったものを褐色の氷に振りかけてみた。
茶色と白のまだらに緑色が点々と。なんかお酒を好きな人がうきうきしそうな見た目。
ぱくりと口へ。
「これもやっぱりめんつゆですね」
「薬味がわさびからネギに変わっただけだな」
「なかなか大根おろしになりませんねえ」
「大根の辛み成分が何か調べてみたらなんか分かるかもしれんな」
ということでスマホで調べてみたら、大根の辛み成分はイソチオシアネートという物質で、わさびも同じくそれ。一方ネギの辛味成分はアリシンという物質とのこと。
「最初のわさびで正解だったんですね」
「じゃあなんで駄目だったんだろうな」
「多分ですけど薄すぎたからじゃないでしょうか。大根おろしの辛味ってかなり強いですよね」
ということで、わさびを溶かさずに醤油氷の上に乗せて食べてみたら悶絶した。




