先輩とかき氷
先輩が長い黒髪を振り乱して手を水平にぐるぐる回す。
透明な切子ガラスの丸い器に白い削片が積もってゆく。
こんもり雪山か氷山かというぐらいになり、まず一人前が出来上がり。
ガリガリゴリゴリ、もう一人前も完成。
「今日はあっついですもんねえ。絶好のかき氷びよりでしたね」
「天気予報で今日はやばいって言ってたからな」
六月下旬の梅雨の合間の猛暑日に先輩がかき氷セットを持ってきた。
氷と器は調理室から調達。なので料理部の方々はもう食べ終わってるんじゃないかな。
この部屋も一応エアコンはあるんだけど、ここは氷の冷感を最も楽しめるように、ということでつけていない。
温度より湿度の方がヤバい。あたしは何もしてなくても汗が滲んでくる。
でも先輩は激しい作業をしたにもかかわらず、涼しげな顔のままで暑苦しさやなど微塵も感じさせない。そのへんはさすが類まれなる美少女っぷりというほかない。
「じゃあお前何味にする?」
シロップは定番の赤黄緑、イチゴレモンメロン。
「ん~やっぱり定番のイチゴかと思ったんですけど、今の気分はメロンですかね」
「あいよ」
ボトルから流れ落ちるエメラルドグリーンが純白をまだらに染めていく。
先輩はイチゴなのでルビー。
いかにも夏って感じの色鮮やかな絵になった。
とはいえのんきに風情を楽しんでいられるような温度じゃない。
「ありがとうございます」とお礼を言ってすぐ、
「いただきま~す」
二人同時にスプーンを口に入れた。
「うひ~」「ちべた~」
氷は舌の上でたちまちに融け、食道から胃までその甘くて冷たい液体がどこを伝わって流れ落ちて行ったのか分かる。
たったの一口だけで、あれほどべとべといやらしくまとわりついてきた蒸し暑さが気にならなくなった。
シャクシャクとスプーンで突き崩しながら、二口三口と次から次へ口の中に放り込んだ。
最初出てくる言葉は歓声だけだったけど、やがて冷たさにも慣れてきた。
そのタイミングは先輩も同じだったみたい。スプーンを口に入れるたびにキューって顔をしてたんだけど、そうはならなくなっていた。
「お前頭痛くなるってタイプ?」
「はい。でも今日は来ないですね」
「へー」
「先輩は?」
「私なったことない」
さすが超健康優良児。これは健康関係ないかもだけど。
「ベロ赤い?」
先輩はそんなに長くない舌をんべっと出した。
「あか~い。あたしは?」
あたしもべーをすると、
「きもい」
スマホを通して見てみたら確かに先輩の言う通りだった。きもい。
出したついでに夏って感じの楽しげな写真もスマホでいろいろ撮っておいた。
「そういえばかき氷のシロップって味は全部同じらしいな」
「あ、なんか聞いたことあります」
「色に脳が騙されてるんだっけ」
「そうらしいですね。あと香料が多少違うみたいで、目を閉じて鼻つまんで食べたら味分かんないらしいですよ」
器はそれほど大きいものではなかったので、頭が痛くなることもなく、わりとすぐに食べ終わった。最後緑色のあま~いみぞれを流し込み、一杯目は終了。
また先輩がガリガリやって、まっさらな雪山が今度は三つ。それぞれ赤黄緑で色を付けた。
さっきの話を実際に試すことに。
「じゃあ行きますね」
目をつむって鼻をつまんだ先輩があーんと小さな口を大きく開けて待っている。そこに緑色を載せたあたしのスプーンをそっと入れた。
先輩が口を閉じると、それを引き抜いた。
先輩はむぐむぐすると、
「わかっねえ。レモうかな?」
鼻をつまんでいるので『ん』が言えない。
「ぶぶー。正解はメロンでした~」
「全然分かんないな。ただの冷たい甘い汁って感じ」
間違ったけど先輩はあははと楽しそう。
「でもお前のスプーンだったしちょっとお前の味がしておいしかったかも」
先輩の目が妖しく光った。
「そーですか」
おいしいと言われて悪い気はしないではないけど流しておいた。
次はあたし。まぶたの中の赤黒い世界であんぐり口呼吸をして待つ。
「いくぞー」との声からすぐ、ひんやり低温の硬いものが舌に当たった。口を閉じたらその先輩のスプーンは出て行った。
残された固体はすぐに液体となった。うん。これはたしかにただの冷たい甘い汁。全然分からん。どれのようでもあり、どれのようでもない気がする。
「メロおですか?」
「ぶぶー。レモンだ」
鼻から息を吸うと、言われた通り柑橘っぽい残り香がまだいるような気はする。
「ほんと全然分かんないっすね。ただの普通の甘い氷水でした」
そう感想を言うと、
「いやいや普通じゃないだろ。私の味がしておいしかったんじゃない?」
先輩がまたにまにまからかってきた。
こんな腹立つ表情なのに腹が立たないかわいさが腹立たしい。
「一ミリも」
だからそう言っておいた。




