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先輩とピーナッツ

「ちゃーす」


 教室というか部室には誰もいないのにいつもの習慣で挨拶した。


 今日は珍しくあたしが先だ。


 バッグを隣の机に置くと、スカートがしわにならないように手で押さえながら椅子に座った。


 そうして胸ポケットから落花生を二つ、取り出した。


 殻付きの落花生。JKの胸ポケットからはそうそうは出てこない品かもしれない。


 あたしは芸術科目で美術を選択したんだけど、今日の授業は鉛筆画で、題材は各自持参ということだったので、昨日お母さんが食べていたこれにした。そういう理由。


 でもやっぱり変な形してんなあ、こいつら。二つを両手に持って見比べながら改めて思う。だから絵のモチーフとしてはうってつけだった。


 色は黄色がかったベージュで網目模様がうっすらと浮き出ている長辺側が二センチほどの楕円体二つをいい加減にくっつけた形、とでも言ったらいいのだろうか。でもいかんせんこいつらは個体ごとにそれなりの個性を持っているので、言葉で表すのは少々難儀だ。この二つだって、右手の方は中央部がねじ切れそうなほどにくびれてるんだけど、左手の方は幼児体形のずん胴でのっぺりしている。


 なんだろう。落花生界隈でもくびれがあった方が偉いとかあんのかな。なわけないか。


 そんなどうでもいいことを考えながら先輩を待つ。


 今日のおやつはこれを先輩と二人で分けて食べるのだ。


 二人に二つなので一人一つ。一つに二粒入ってるので、一人二粒。小学生でも計算できる。


 だから今日のおやつはたった二粒のピーナッツ。


 それがいいのだ。


 落花生なんか珍しくもないけど、ちょっとしかないなら貴重品。


 そのちょっとしかない特別なものを仲良し同士でちょっとずつ食べる。


 ちょっとしかないものを分け合うことでさらにちょっとだけになっちゃうけど、幸せは何十倍にも増えるよね。


 だからいいのだ。


 ピーナッツを食べ過ぎると鼻血が出るとか言うしね。まあそれは迷信だそうだけど。


 二粒だけの豆だけど、お茶は何が合うのかな。


 あたしは別になんでもいい。それも先輩に決めてもらおう。


 だから早く来ないかな。


 先輩遅いな。


 ……。

 …………。

 ………………。


 これ、鼻にジャストフィットしそうだよね。


 魔が差した。


 鼻の穴に突っ込めと言わんばかりの形状であった。


 こいつらがなんでこんな変な形をしているのか、今その謎が解けた気がする。そう、この妙ちくりんな形は人間の鼻に詰め込まれるための形なのでは。となると、一見無駄に見えるくびれにも意味があるのかも。詰めたときにくびれてた方がしっくり収まりが良くて抜けにくいというメリットがありそう。やはり豆界でもくびれ優位は揺るがないのか?


 って、んなこたどうでもいい。今はこれを鼻に突っ込んでみるか否かだ。


 ……。

 …………。

 ………………。


 いや、やめよう。


 そんなとこ先輩に見られたら死ぬ。


 動画と写真撮られて一生言うこと聞けと脅され続ける未来しか見えない。

 うんうん。そんなしょうもないことで一生を棒に振るなんてこと有り得ない。


 ……。

 …………。

 ………………。


 あたしは想像してしまった。


 鼻の穴からにょきにょき落花生を生やした自分の姿を。


 頬が緩んでしまった。失笑というやつだ。


 無邪気に浮かれ切ったあたしはこの上なく天真爛漫。なんとまあ楽しそうなことだろう。


 脳内シミュレートの結果から、実行に移す価値は十二分にあると判断できる。


 これは行くしかないか?


 ……。

 …………。

 ………………。


 いや、やめよう。


 花も恥じらう女子高生にあるまじき姿だ。


 ただおもしろそうだからって、そんな好奇心に任せた一時の思い付きだけで何のメリットもないことをするなんて馬鹿げてる。


 ……。

 …………。

 ………………。


 いや、でも。


 これほどまでに鼻に突っ込んでくれと訴えかけてくる形状のものがしかも二つ。数量二。二つというのはなんと鼻の穴とぴったり同じ数なのである。こんな偶然ある?


 ……。

 …………。

 ………………。


 いや、やっぱり。


 ……。

 …………。

 ………………。


 いや、しかし。


 ……。

 …………。

 ………………。


 いや、だけど。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……。

 …………。

 ………………。


 ……。

 …………。

 ………………。


 って!


 なに考えてるんだあたしは!


 はいはいやめやめ!


 こんなもんがあるから惑わされる。悪魔の実め!


 後方の棚の上に置かれているボックスティッシュを持ってきて一枚引き出し、テーブルに敷いた。


 それから躊躇なく両手の指先に力を込めた。快音とともに、ずん胴に一直線のひびが入った。薄皮を剥き、二粒の種実をゴミと分けて置いた。


 それをもう一回、くびれの方も。


 そうしてつるつるのきれいなピーナッツが四粒。


 うん。殻を剥く手間を省いてあげたよ、先輩。うんうん。


 でも先輩のことだし、自分で殻を剥きたかったのにとか言うかもしれないな。


 でもめんどくさがりだし、ありがとうって気にせず食べてくれるかな。どっちかな。


 まあいいや。


 だから早く来ないかな。


 先輩遅いな。


 ……。

 …………。

 ………………。


 これ、鼻に詰めて飛ばしたら楽しそうじゃね。






 

 も~せんぱ~い早く来て~~~~~~。






 と、そこにようやく先輩登場。


 バーンと扉を開けた先輩、両方の鼻の穴にはティッシュがねじ込まれている。


「なんか急にバク転したくなってさ、でも失敗して顔面から落ちて鼻血が出てさ、服に血が付いちゃったからトイレで落としてた」


 畜生が。


 そんなんならあたしが鼻にこいつら詰めてても何の違和感もなかったじゃん。


 それから、


「ピーナッツかあ。でもまた鼻血出てきたら困るしお前全部食べなよ」


 畜生が。


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