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先輩とラーメンセット

 二人とも豚骨醤油ラーメン並と餃子のセット。


 先輩がちっちゃい手にコップを二つ持って戻ってきた。


 後輩のあたしが取りに行くのがスジのような気がしたんだけど、先輩が先に無言ですたすたと行ってしまった。


「ありがとうございます」


 あたしの前にコップを置いた先輩にお礼。


 先輩はその右側に自分の氷水を置くと、よじ登るようにして円形のカウンターチェアにおしりを置いた。


 まだ五時過ぎだし都会ではない街なので、客は二人だけ。途中で直角に折れ曲がっているカウンターの右の端っこにあたしたち。なのでのびのび遠慮せず会話できる。


「私あの水のやつ好きなんだ」


 先輩が少し嬉しげに、ここからだと左前方、あたしたちと逆側の端に設置されている給水器に目をやった。


「水のやつ?」


 なんでそんなものが?


「あの水と氷がガガーッッて凄い勢いで出てくるのが好き」

 こどもか。


「だから勢いが弱かったり水しか出てこない奴だとちょっとがっかりする」

 こどもか。


「でもここのはなかなかのパワーでよかった」

 こどもか。


 だから自分で水を取ってきたかったんだな。

 こどもか。


 でもまあ先輩らしいっちゃらしい。


「私はポットとかピッチャーとかすぐそばに置いてある方がいいですけどね。いちいち取りに行かなくてもいいですし」


 先輩はふっと笑って、

「分かっとらんなあ」

 と氷水をくいっとやった。


 そうなのか?


 店内に特徴はあんまりない。テーブル席なしのカウンターに十席程度で、目の前に箸置きとか調味料とかボックスティッシュとかが並んでる小ぢんまりとしたオーソドックスなラーメン屋さん。


 もうすぐ始まるテストのことについてなどをおしゃべりしながら出来上がりを待つ。


 そうしてしばらく、三つ目となったこの話題ももういいかなと、


「先輩はラーメン何が一番好きですか?」

 壁のメニュー表を見ながら聞いてみた。


「んー、ほんとは塩なんだけどここはないし、他だったらまあどれでもいいかって一番私っぽくないこれにした」

「へ~。塩」


 この見た目に似合わずという感じはする。


「じゃあラーメンに限らず食べ物で一番好きなものってなんですか?」

「食べ物……ん~……」


「ギャップとかじゃなくてガチなやつですよ」

「うん…………」


 先輩はちょっと首をかしげて考え、


「川魚かな」

 しぶい。


「あと山菜」

 しぶすぎる。


「でもやっぱ一番好きなのはきのこかも」

 仙人かな?


「あの~ちょっと好みが老いすぎてませんか?」


 先輩の『和』なイメージには合ってるけども。


「てかあたしが聞きたいのは食材のことじゃなくて料理の方なんですけど」

「好きな料理…………」


 また先輩はくりっと首を傾けると、


「ん~川魚の塩焼き」

 しぶい。


「あと山菜うどん」

 しぶすぎる。


「でもやっぱ一番好きなのは焼きしいたけかも」

 仙人かな?


「ってもうなんなんですかそのカラッカラに枯れ果てたチョイスは。華がないにも程がありますよ。それに焼きと焼きでかぶってるし、ラーメン屋なのにうどんだし。ギャップがあるんだかないんだかも分かんないですよ。ほんとマジなんなんですか」


 さすがに切れてもいいと思う。


 と、先輩後輩JK二人でそんな楽しくしているところへラーメンセットがやって来た。


 さて、お待ちかねの品はというと。


 まず餃子は小ぶりなものが六個。パリパリ羽根つきで香ばしそうな焼き色がたまらない。


 ラーメンは豚骨醤油のスープの上にギラギラの脂が層となって浮いていて、具はど真ん中に濃い橙色の黄味がとろとろの半熟煮玉子、それからこれもとろとろに煮込まれたチャーシューが二枚、一つかみほどの小口切りのネギの小山があって、太いメンマが何本か。


 でも、一番先輩が嬉しそうにしたのはピンクのぐるぐる渦巻き。


「なるとがある~。やったー!」

 こどもか。


「あたしそんなになると好きじゃないんであげます」

 と箸で先輩のどんぶりに移したら、


「分かっとらんなあ」

 にやりと大人びた笑みを浮かべた。


 それでは、

「いただきます」


 まずはスープから。レンゲですくって口に。


「おいしい!」


 先輩と顔を見合わせた。


 ラーメンがこれなら餃子もおいしいに決まってた。


 見た目に違わぬ素晴らしいラーメンと餃子を堪能しながらのおしゃべり。


 先輩は麺をすすれないそうで、左手で長い髪をかき上げては、右手の箸でたぐって食べている。かわいい。


 中盤に差し掛かった頃合いで、ようやく先輩は一枚目のなるとに箸をつけた。


「なるとおいしいですか?」

「いやいや、なるとは味じゃないんだよ。おいしいとかじゃないんだよ」


 見た目か。

 こどもか。


 でも微笑ましい。かわいい。


 と、


「でも偶然ですねえ。さっきの先輩の絵みたいなセットですね。餃子とラーメンと渦巻き」


 しかし何気なく口から出たこれが失言だった。


「絵? ……。…………!!! ――そうだ! 私あいつらヤりに行くんだった。すっかり忘れてた!!」


 先輩の怒りが再びぶり返してしまった。


 姫が一変、羅刹に。


 こうしちゃおれんと先輩は俄然ペースを上げた。鬼加速された髪をかき上げる左手と麺をたぐる右手が超高速回転する。


 やばい。このままだと変な絵描いてるだけの無実の人たちが死ぬ。


 どうしようかと焦ってるところ、とあるモノが目に留まった。


(アレだ!)


 あたしも先輩以上のスピードで行かねばならない。


 彼女が羅刹ならあたしは修羅となろう! 


 でも女子らしさは忘れない。エレガントに餃子を平らげ、エレガントに麺を吸い込み、エレガントにどんぶりを持ち上げてスープを飲み干し、最後、コップを手に取ってエレガントに氷水を流し込んだ。


 間一髪、ぎりぎりのタイミングで最後のとっておきのなるとを食べ終えた先輩の前にそのコップをドンと叩き付けると、


「先輩!!! 水のおかわりください!!!」


「わーい」


 すてててと小走りに給水機に向かう先輩。


 ちょろい。


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