先輩とスチール缶
『私が怪力だったらちょっとおもしろくない?』
との言葉がゴールデンウイーク前。
有言実行、その一週間後、先輩はものすごいパワー系になっていた。
「……っても見た目全然変わってないじゃないですか」
黒髪ロング姫カットの先輩は相変わらずちっちゃくて愛くるしくてかわいらしいくりくりのお人形さんみたいなままだ。目ぼしい変化といえば長袖だったのが半袖になっていることぐらい。
うちの高校のちょっと野暮ったいセーラー夏服の袖からすらりと伸びる腕も華奢なまんま、紺無地のプリーツスカートに隠れていない膝から下も白い靴下も細いまんまで、ガチムチゴリマッチョとはほど遠い。
「そりゃそうだよ。こんなかわいい見た目なのにわけわかんないぐらい剛力ってのが面白いんじゃん。ゴリゴリのボディでゴリゴリなのは当たり前じゃん?」
先輩は自分がとんでもない美少女だということを自覚している。でもそれにおごることなく、自分の美をさらに高めるため、日々研鑽をしている。
そして彼女は齢十六にして一つの真理に辿り着いていた。それは、
『本物の美女とは意外性のある女だ』
と。
これが大間違いだった。
彼女はギャップを求めるあまり、とんでもない角度にとんでもない勢いで飛んで行く。
それで今回もこんな意味不明なことを言い出しているというわけ。
「で、どんだけ怪力になったんですか?」
見た目変わってないしまあ大したことないとは思うけど、やっぱりちょっと気にはなる。首元から持ってきたゆるいウエーブの髪の先の枝毛を探すついでに聞いてみた。
「ふっふっふ。見たかろう?」
先輩は不敵な笑みを浮かべると、自分のバッグを漁った。
「んじゃまずはこれ」
缶を一本机の上に置いた。
「コーヒー?」
スチールのショート缶だ。無糖ではないやつだ。
「うん」
先輩はちっちゃいかわいい右手を上から被せるようにして缶を持ち上げた。
どうするのかなと思って毛先をいじりながら見てたら、それからが早業だった。
人差し指をタブに掛けたと思ったらすぐに金属音がして、それが鳴ったと思ったら、すばやくその指を押し込んで、時間にして一秒、もう飲み口の穴が開いていた。
「おお!」
思わず声が出た。
先輩はにんまり自慢げ。
「凄いっす!」
……とは言ってみたものの──
缶を片手で開けるぐらいのことなら女でもできる人は結構いそうな感じ。あたしも持ったままというのは無理だけど、机の上に置いてならいけるんじゃないかな。
そんなあたしの心を見透かしたかのように、
「ふっふっふ。こんな程度のことで驚いてもらっちゃ困るよ。本番はこれからだよ」
先輩は缶を握るように持ち替え、ごくごくと一気に飲み干した。「ぶへ~~」とおっさんみたいな息を吐くと、空になったそれをまた机に置いた。
「潰すんですか?」
アルミ缶よりは硬いし、中身をなくしたんならそうなんだろなと。
「そうだけどお前が思ってるのとは違うと思うぞ」
先輩はまたにやりと口角を上げた。
「ほお」
髪をいじるのをやめて見ていたら先輩は両手を組んだ。
恋人繋ぎを一人でするような、西洋の宗教でお祈りをするようなポーズ。
その手の平の手首に近いところに缶を挟み、胸の青いネクタイの前に持って行った。
「じゃあいくぞ」
それもまた一瞬だった。
「ぬがッッ!!」との気合と同時に先輩の二の腕がちょっと強張り、顔が般若の面みたいになったと思ったら、缶は上部がぺちゃんこの二等辺三角形になっていた。
「おお!」
それをひっくり返し、また「うァっっ!!!」と鬼になったと思ったら、缶は真っ平らになっていた。
「すげえ!」
これはちょっと興奮した。確かに先輩の言う通り、この見た目でこんな脳筋の原始人みたいなことするのはなかなかおもしろい。
「どうだいどうだい」
鼻高々の先輩。
確かにこれは凄い。
……とはいえ──
「凄いっす。……でも凄いのは凄いんですけど、なんというか、まだちょっと地味ですね」
派手さがない。これもかなり凄いとは思うんだけど、女でもまだほんとに少しぐらいならできる人はいそうな感じ。
「うん。まあそういう意見が出るだろうとは思ってたよ」
そう言うと先輩は立ち上がり、
「じゃあ行くぞ!」
あたしを強引に連れ出した。